緋色の野望・血色の闇

その3








「……あいつは魔法学校時代の同級生なんだ」

城へと繋がる扉へと向かって手を繋いで歩く。

その道すがら、ハウルはぽつりぽつりとソフィーに教えてくれた。

「あいつ―――カーディナルも先生の元で修行をしていて、年が近い事もあって良く話をしたり魔法の実力比べをしたりしてたんだ」

「そう……」

「小さい頃は僕とカーディナルの間にそんなに大きな実力の差はなかった。だけどある頃から僕は急激に魔力に目覚め始めて―――その後、カルシファーと契約を結んだ事もあって、僕の力はこれ以上ないくらい強くなった。その頃からカーディナルとの仲もおかしくなってきた……」

ソフィーにもその時のカーディナルの気持ちは分かるような気がした。

決して表面に出す事はなかったが、幼い頃からソフィーはいつも妹のレティーに劣等感を抱いていた。

器量よしで愛想も良く誰からも好かれるレティーと、真面目だけが取り柄で地味なソフィー。

カーディナルもきっと急激に伸びていくハウルに劣等感と嫉妬を覚えたに違いない。

―――もしもハウルが他人の心の機微に聡い人間だったらまた彼との関係は違ったかもしれないが―――それをハウルに期待するのは酷というものだろう。

「僕はその後マダム・サリマンの元から去ったから後の事は知らない。カーディナルの噂も聞かなかったから今の今まですっかり忘れていたんだ。今更一体何の用なんだか……」

「……ハウルらしいわね」

もしこのことを知ったら相手は激怒するに違いない―――名前と存在だけでも覚えていた事を褒めるべきだろうか。

「今頃どうして僕の前に……」

ふっとハウルの声がとぎれ、足が止まる。

「ハウル?」

やや行きすぎたところでソフィーは立ち止まり、ハウルを振り返った。

「どうしたの?」

「さっきカーディナルがかけようとしていた魔法が気になる……途中で止めたから、効き目はないと思うけど気をつけて」

大丈夫と言いかけて、ハウルの表情が厳しいのに息を呑む。

そういえばカルシファーからも気をつけるようにと言われたっけ。

ソフィーはうん、と頷くしか出来なかった。










それからは何も起こる事なく、ソフィーの身にも何も起こらず、ごく普通の日々が続いた。

「これ、念のためにつけておいて」

とハウルから渡された指輪を肌身離さずつけているからだろうか?

深紅の宝石がはめ込まれた指輪は、石に護りのまじないがかけてあるのだという。

「この指輪があれば、僕とカルシファーで君を護ることが出来るから」

「ありがと、ハウル」

―――ハウルがソフィーの指をとってはめてくれた指は左手の薬指。

そのはめてくれた指に重要な意味があることをハウルは知っているのだろうか?

ソフィーは指輪がはまった手を大事に握りしめて、もう一度「ありがとう」と言葉を返した。



そうして数日が過ぎたが全く何も起こらず、ソフィーは花畑での事を忘れかけていた。














「今日はずいぶんと風が強いねぇ」

おばあさんがそんな事を言い出したのは良く晴れた午後のティータイムの時だった。

「そうね。でもお洗濯ものが良く乾いていいわ」

ぱたぱたとなぶられるタオルやシャツを眺めてソフィーはさっき入れたばかりの紅茶に口をつけた。

「あんまり強くなるようだったらおいら、中に入ってていいかなぁ」

外に面する暖炉のなかに縮こまっていたカルシファーがおずおずと尋ねるのに、ソフィーは頷いてみせた。

「いいわよ。消えちゃったら大変だものね」

その隣で大きく切ったケーキをぱくっと一口で食べてしまったマルクルが、ソフィーをつんつんとつついてくる。

「ハウルさん、ケーキ食べないのかなぁ。美味しいのに」

ソフィーは城の中へちらっと視線を向けた。

「まだお風呂に入ってるんじゃない? 相変わらず長風呂なんだもの」

自他共に綺麗好きと自負するソフィーですら長くて1時間ほどの風呂なのだが、ハウルはその倍は風呂に入って丹念に自分を磨いている。

美貌を磨いてまた別の女性を口説きにいくのかと思いきやそんな様子はない。

前のように髪を染めることもなければごてごてした衣装に身を包むこともない。

ということは元々ハウルはきれい好きなんだろうか……いやその割にはあの城の汚さは尋常じゃなかったし。

そんなことを思っていたソフィーに、おばあさんの声が聞こえて来た。

「大好きな人に釣り合うように一生懸命なんじゃないか。可愛いもんだねぇ」

ソフィーは思わずむせてしまった。

「だ、だ、誰に釣り合うように!?」

「ソフィーにだよ。おやおや、気がついてなかったのかい?」

さすが元荒地の魔女というべきか、おばあさんはソフィーをからかって遊んでいる節がある。

これもおばあさんの楽しみの一つだと割り切ってソフィーも相手をしていたのだが、その話題が自分のことになるとさすがに狼狽は隠せない。

「ここの処、頓に綺麗になったからねぇ」

「だよなぁ。おいらだって惚れそうだもん」

カルシファーの言葉は何処まで本気かは分からないが。

「そうだよ。ソフィーのお店って若い男性が多くってさ。あれみーんなソフィー目当てだよね」

マルクルがうんうんと頷くと、ヒンが同意するように「ヒン!」と掠れた声をあげた。

だが当の本人は赤くなるやら青くなるやら。

「髪の色は変わったけど顔立ちが変わった訳じゃないし! 妹は器量よしだったけどあたしはそんな……」

「あんたは内面の美しさがある。それが姿に現れてるんだよ」

―――おばあさんの言葉には妙に説得力がある。

確かに前に比べて自分が変わったのは認めるが――――。

「……ソフィー、顔が真っ赤」

マルクルに指摘されてソフィーはますます赤くなった。

がたん! と立ち上がる。

「そ、そうよ。あたし、か、買い物があったんだ!! 行ってくるわね!!」

とるものもとりあえずバタバタと走っていくソフィーを、おばあさんとマルクル、カルシファー(とヒン)は呆然と見送った。









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