緋色の野望・血色の闇

その4








「あれ、出かけるの、ソフィー?」

「ハウル……」

背後から話しかけられて振り返ったソフィーは、慌てて身体ごとハウルから視線を逸らした。

風呂からあがったばかりのハウルが、腰にタオルを巻いただけの姿で現れたのだ。

「だ、だ、だからその格好で彷徨くのはやめてって言ったでしょぉ!?」

(本当に、あたしが自分とそう歳の違わない女性だって分かってんのかしら!?)

ハウルと出会うまでまともに男性と話したことすらなかったソフィーには、刺激が強すぎる。

「これでも気を遣ってるんだけどなぁ。マルクル、カルシファーと3人暮らしだった時は裸だったもん」

――こういう無頓着で子供っぽいところが彼の魅力でもあるのだが、マルクルが裸で出てくるのとは訳が違う。

「そんな格好で彷徨いたら張っ倒すわよ!!」

「それが分かってるからこうして隠してるんじゃないか」

こういう世間一般的な常識でハウルと話をしても埒があかない。

この場は逃げるに限る。

「か…買い物に行ってくるわ。帰ってくるまでにはちゃんと服を着てるのよっ!!」

「あ、ソフィー……」

ハウルが声をかけるよりも早く、ソフィーはドアを回して街への道を繋げると、さっさと出て行ってしまった。

「…嫌な予感がする……」

そう呟いたハウルの表情は、先ほどとはうってかわって厳しいものだった。




















ずんずんと歩き続けて、大通りに出たところでようやくソフィーは足を止めた。

「……あ」

財布を忘れて来た。

そうだ、リビングを通った時に自分の部屋によって財布をとっていくつもりだったのに、ハウルと会って仰天してすっかり忘れてた。

「……戻るしかないわね」

この状態で戻ったらきっとハウルに「それみたことか」と大笑いされること請け合いである。

が、お金がなければ買い物は出来ないので、仕方なくソフィーは元来た道を歩き始めた。

「まったくもぉ……」

口ではそんな事を言いつつも、内心怒っている訳ではなかった。

ああいう行動全てがハウルらしい処であり、ハウルの心が純粋な証拠であるから。

―――とはいえど、マルクルが裸で出てくるのとは訳が違うのだから、自粛して欲しいところではあるけれど。

そんな事を思いつつ歩いていたソフィーは、自分の思考に囚われて良く前を見ていなかった。

「いたっ」

どん、と前の人にぶつかってしまい、はっと我に返る。

「ご、ごめんなさい! 前を良く見ていなかったから!!」

そのままの勢いで頭を下げ――――目に入って来たのは。

―――赤い、コート。

慌てて頭を上げると――――。

「いや、痛くなかったから構わないよ。……随分と憤慨しているようだけど、どうかした?」

「……カーディナル…!」

あの花畑で会ったカーディナルが立っていた。












とっさに身をひこうとしたソフィーの行動は間に合わなかった。

カーディナルの腕がソフィーの両肩を掴む。

「放して!!」

「レディに手荒なことはしたくないんだ、少し大人しくしていてくれるかい?」

その言葉が聞こえた途端、全身の力ががくっと抜けた。

足で立っていられなくなり、崩れ落ちる寸前にカーディナルの腕がソフィーの身体を受け止める。

目は開いているため周りの様子は見えるが、今度は口も、指一本動かすことすら出来ない。

(どうしよう、どうしよう!! この人一体何が目的なの!? ハウルに用事みたいだけど、それなら何であたしにばっかちょっかい出してくるんだろう!?)

指輪に必死に念をこめてみるが、沈黙したまま。

肝心なときに役に立たないんだから、と毒づいてみてもそれは声にならなかった。

「――こうでもしないとハウルは僕の言葉を聞いてくれないんでね。悪く思わないでくれたまえ」

ソフィーの身体を抱き上げ、カーディナルが耳打ちをしてくる。

「……さすがだね、君の騎士は。もう君に起こった異変を感じ取ったようだ」

ふっと身体にかかる重力が消える。

カーディナルがソフィーを抱き上げたまま宙へと舞い上がったのだ。

身体にかかっていたはずの重力が消失し、ソフィーはぎゅっと目を閉じた。

(―――何でこんな目に遭わなきゃいけないの〜〜〜!!)

気が遠くなりそうな中、ソフィーはそんな事を思っていた。












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