緋色の野望・血色の闇

その5








ふと気がつけば町外れへとたどり着いていた。

ここならば多少魔法の暴発があったとしても周りに被害が及ぶことはない。

「カーディ!!」

背後から聞こえるはずのハウルの声が前から聞こえて、ソフィーは何とか動く聴覚を必死に研ぎ澄ました。

すぐ近くに、ハウルがいる。

「―――ソフィーを放せ……」

ソフィーも聞いたことのないような低いハウルの声にもカーディナルは動じた様子もない。

「君がちゃんと話を聞いてくれたら返すよ。それまでは、彼女が人質だ」

「黙れ!!」

「落ち着けよ、ハウル。奴の言い分を聞くのが先だろ」

すぐ近くでカルシファーの声が聞こえた。

何とか目だけを向ける―――と。

白い服に黒いズボンをはいたハウルの肩あたりに、ふわふわと揺れる火の玉のようなものが見えた。

「……っ…」

「冷静に。でなきゃソフィーがもっと危なくなるぞ」

「……分かった」

カルシファーに宥められたおかげで少し落ち着きを取り戻したらしいハウルは、とりあえずカーディナルの話を聞く事にしたらしかった。

「戦争終結の立役者だそうじゃないか。随分と出世したものだね……あちこちの国で君は英雄と崇められてるよ」

―――そうか、カブ……もう王子様だっけ、彼が国に帰ってちゃんと戦争を終わらせてくれたんだ。

その時にハウルの事を話したに違いない。

「類い希な才能と美貌を持ち、悪魔をも従えて―――その上こんなにかわいらしい恋人まで手に入れて」

ソフィーの身体を抱くカーディナルの腕に力が入る。

「おまけに名誉まで手に入れた。―――羨ましいものだ」

まるで恋人を抱くようにソフィーを抱きしめる相手に、ますますハウルの焦りと怒りが大きくなる。

―――分かってやっているに違いない。こうすればハウルが怒りで我を忘れるであろうことを計算に入れているのだ。

「っ……ソフィーから手を放せ…!」

「落ち着けよ、ハウルっ」

カルシファーが必死にハウルを宥めている。

が元々短慮で我慢が苦手なハウルのことだ、我慢の限界が来ているらしい。

それでもカルシファーの度重なる宥めで、実力行使に出るのだけは何とか我慢をしているようだ。

「―――あんたは幼なじみのようなもんだ。だから出来れば戦いたくない。ソフィーを返してくれ」

「いいよ。ただし条件があるけどね」

「条件?」

条件、と告げた時のカーディナルの表情は何処か楽しそうで―――昏い笑みが浮かんでいた。

「そこの悪魔と交換だ」

「―――!!」

ハウルが息を呑み、カルシファーが驚きの声をあげる。

「ひ、卑怯だぞっ! それに、お前如きにおいらが御せられるもんか!」

「何とでも。悪魔を御す方法など幾らでもあるからね」

その口調に本気を感じ取ってカルシファーが押し黙った。

契約を結ばれてしまえば、それが幾ら不本意だとしてもカルシファーは従うしかないのだ。

「…………」

即答しないところを見るとハウルは本気で悩んでいるらしい。

奪い取る事は可能だが、無防備なソフィーを傷つけかねない。

だからといってカルシファーを渡す訳にはいかない。

ハウルの葛藤を感じ取って、ソフィーは何とかカーディナルの呪縛を解こうと必死になっていた。

(―――解けろ、解けろ、解けろ………っっ!!!)

必死に念を込めて念じ続けた結果。

ぴくり、と指が動いた。

(動いた!)

一本でも指が動けば呪縛を解くのは難しくない。

自分の腕のなかで動くはずのないソフィーが動いた時、初めてカーディナルは驚いたような表情を見せた。

「―――さすが、魔法使いの恋人だけはあるか」

「……放して!!」

身体の呪縛がはじけ飛び、ソフィーはカーディナルを突き飛ばした。

「ソフィー!」

驚きの声を上げるハウルに振り返り、ソフィーはそちらの方向へと向かって走り出す。

だが。

「多少計画は狂うが、仕方ない―――悪く思わないでくれよ、ソフィー」

「ソフィー、伏せろ!」

ハウルとカーディナルの声が同時に聞こえて。

右肩に鋭い痛みが走った。













「ソフィー!!」

半狂乱のように叫ぶハウルの声が遠くに聞こえる。

右肩から生まれる痛みがもの凄くて頭がぼんやりする。

「―――また改めて伺わせて貰うことにしよう」

「……カーディナル……ッ!!」

「ハウル、それよりソフィーの怪我の手当しなきゃ! ソフィーが死んじゃうよ、凄い出血だよ!!」

痛い。

こんな激痛は初めてで、息も出来ないくらい苦しい。

「ソフィー!! しっかりしろ!!」

ハウルの声が聞こえるが、それに答えるだけの力がもう残っていない。

―――右肩だけでこんなに痛いんだから、ずっと戦い続けて来たハウルはどれだけ痛くて苦しい思いをしたことだろう……?

そんな事を思った後、ソフィーの意識はぷっつりと途切れた。













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