緋色の野望・血色の闇

その6








次にソフィーが目覚めたのは、城のなかにある自分の部屋だった。

「……つ…」

身を起こそうとして右肩に激痛が走りベッドに沈み込む。

「気分はどう、ソフィー」

視線を向けると、ハウルがソフィーを見つめていた。

その表情があまりにも不安そうで、「最悪」などと言おうものなら本当に泣き出してしまいそうだった。

「……まだ痛いけど、気分はいいわ」

ソフィーが言うと、ハウルはほっと安堵の溜息を漏らした。

「ごめん……ソフィー…ごめん…」

ハウルはソフィーの髪を何度も撫でて、謝罪の言葉を紡ぐ。

「どうして、ハウルが謝るの? なんにもしてないじゃない」

「―――ソフィーを守るって誓ったのに、守れなかった……」

「でも、あたしはこうしてここにいる」

ハウルが首を横に振る。

「あの時だって僕はソフィーを守ると誓ったのに、結局はソフィーに守られ助けて貰った……」

きっとあの戦争の時のことを言っているのだろう。

闇に取り込まれそうになっていたハウルとカルシファーを救ったのは、ソフィーだった。

「やっと大切なものを手に入れたのに、心を取り戻したのに……僕は全然誓いを守れなくて…」

「ハウル……」

「本当に、ごめん……」

かなりの自己嫌悪に陥っているらしいハウルに、今はどんな言葉かけをしてもおざなりでしかない。

それどころかますます彼を落ち込ませてしまうだけだ。

ソフィーは左手でちょいちょい、とハウルを手招きした。

「……ね、ハウル。起きるの……手伝ってくれる?」

「あ、うん…」

ハウルに手伝って貰ってようやく身を起こし、背中に枕を敷いて人心地ついたところでもっと近づくようにと手で示す。

「ソフィー?」

ソフィーは自由に動く左手をハウルの首に回し、そっと口づけた。

「………!」

始めは驚いたようなハウルだったが、すぐにソフィーの身体が辛くないように腕を回すとぎゅっと抱きしめてくる。

互いに求め合うように何度も口づけているうちに息があがってきた。

「……んっ」

離れようとすると逃さないと言わんばかりにハウルが腕に力を込め、覆い被さってくる。

「……っ」

その瞬間右肩に痛みが走って、ソフィーは身体を硬直させた。

「ソフィー!?」

ハウルが慌てたように腕をゆるめる。

「痛かった!? ごめん、怪我のこと忘れてた……!」

おろおろするハウルに、ソフィーはぷっと吹きだした。

「大丈夫よ、このくらいで死んだりしないわ」

「ごめん…」

今のハウルはどう見ても怒られてしょんぼりしている子犬にしか見えない。

その様子がかわいらしくて、ソフィーは本格的に笑い出してしまった。

「ソフィー……」

「ふふっ、大丈夫よ……これでも結構頑丈なのよ? 90歳のおばあちゃんになっても元気だったでしょう。だから平気」

「うん……」

「でも」

ソフィーは少し頬を赤らめた。

「……今夜はここにいてくれる?」

ソフィーの方からそんな甘えるような事を言われると思わなかったのだろう―――ハウルはびっくりしたような顔をしていたが、やがて笑みを浮かべて「もちろん」と言葉を返した。
















―――深い闇があった。

歩いても歩いても光は見えず、なのに自分の手足は良く見える。

だがそれだけ。他には何もない。

何処までも続く闇のなかを、ソフィーはただひたすら歩いていた。

一体何処に向かっているのか、何を求めているのかそれも分からない。

だがソフィーはただ歩いていた。

(―――あれ…は…)

ぼぉっ……と、目の前に光が見えた。

赤く輝く、光。

(――そう、だ……あたしは、あの光のところに行かなきゃいけないんだった……)

その光を目指して歩いていく。

歩けば歩くほど近づいてくるその光を目指して歩いて―――ようやく手が届くところまで近づいてきて、ソフィーは歩みを止めた。

明々と輝く光―――それはどこか懐かしさを呼び起こす光だった。

(この光……あたしは見たことがある)

そう思いながらソフィーはそっとその光に手を伸ばした―――――









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