緋色の野望・血色の闇

その7







「ソフィー!!」

唐突に自分を呼ぶ声が聞こえ、ソフィーははっと我に返った。

身動きが出来ず、息も出来ない。

「―――っ…んっ…!」

強く抱きしめられて口づけられているのだと理解した途端、ようやく唇が解放されてソフィーは吐息を漏らした。

「ソフィー……しっかりしろ…!」

視点が合って―――目に入って来たのは、すぐ間近にあるハウルの顔。

「…ハウル……?」

「良かった……戻った!」

カルシファーの声が聞こえて、ソフィーはえっと辺りを見回した。

城のなかで一番大きな暖炉のある部屋―――おばあさんのベッドではマルクルとおばあさんとヒンとが安堵した様子でソフィーを見つめている。

カルシファーがソフィーの周りを飛び回って何事かを叫んでいるが、早口すぎて混乱しているソフィーには聞き取れなかった。

「あたし……どうして…?」

さっきまで自分はベッドで眠っていたはず。

ハウルに見守られて眠りについて―――夢を見て、それで。

「……とにかく、今日は休もう? ね、ソフィー…」

ハウルがソフィーの背を押して寝室へと促す。

「あたし、どうしたの? 何をしたの?」

自分に夢遊病の持病はない。

だけど眠っていた間に何かをしでかしてしまったのだけは、周りの様子を見れば一目瞭然だ。

「ね、ハウル。教えて」

「……また明日話すから。今日の処は休んだ方がいい」

あくまでも話す気はないハウルに問いただすのは諦め、ソフィーはカルシファーに視線を向けた。

「カルシファー、言うんじゃない」

だがカルシファーが口を開くよりも先にハウルが叫んだ為、カルシファーは再び口をつぐんでしまった。

「何で……隠すのよ」

ハウルを睨み付けるが彼は動じる様子もなく首を横に振る。

「隠してるんじゃないよ。今のソフィーは疲れてるから、休む方が先だって思っただけ…」

「カルちゃんを奪い取ろうとしたんだよ、ソフィー」

後ろからそんな声が聞こえて来て、ソフィーははっと振り返った。

「!! マダムっ…」

ハウルが焦った様子で制するのを気にする風もなく、言葉を発した本人―――おばあさんは続けた。

「たぶん、怪我を負わせたカーディナルとかいう奴の術が効いてたんだろうね。カルちゃんを奪って持ってくるようにとでも暗示がかけられてたに違いないよ。ハウルが何とか術を解いたからいいようなものの、もしハウルがいない時だったらソフィーはカルちゃんを外に連れ出して、カーディナルに差し出してただろうね」

「おばあちゃん、それ以上は…」

見る間に青ざめていくソフィーを心配してかマルクルが止めようと服を引っ張るものの、一度流れ出てしまった言葉はもう戻らない。

「カルちゃんもソフィー相手では言うことを聞かざるを得ないだろうし……本当によく考えてるよ、相手は」







―――あの夢のなかで輝く光は、カルシファーの光。

(それをあたしは―――奪おうとしたんだ!)








「っ…ソフィー!」

後ずさったソフィーに気がついてハウルが手を伸ばす。

だがソフィーはその手が届く前に更に後ずさった。

「ソフィーは悪くない! 暗示をかけられてソフィーにはどうしようもなかったんだからっ…」

「そうだよ、おいら達だってソフィーにそんな暗示がかかってるなんて気がつかなかったんだ」

カルシファーも何とか宥めようと声をかけてくるが、ソフィーは顔を覆って首を横に振った。

「ごめん…なさい……っ…」

右肩がひどく痛むのが更にソフィーの心を追いつめる。

(―――なんてことをしてしまったんだろう、あたしは!!)

「ソフィー、自分を責めなくていいから…!」

業を煮やしたらしいハウルが距離を詰めるようにソフィーに近寄ってきた。

「―――っ…!!」

パニックになったソフィーが身を翻す。

そのまま外へと向かう扉に飛びついて、ノブを回した。

「!! ソフィー、扉を開けちゃダメだ!!」

ハウルの声にも構わず、扉を開ける。









「……!!」

「お役目ご苦労さま……ソフィー」

扉が開いたその目の前に。

―――カーディナルがいた。






ソフィーにハウルが覆い被さり――――次の瞬間、彼の身体を通して鈍い衝撃が伝わって来た。










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