緋色の野望・血色の闇
その8
倒れた時に頭を打ったらしく、後頭部がずきずきする。 「……ソフィー……だい、じょうぶ…?」 いつの間にか閉じていた目を開けると、ハウルが覗き込んでいた。 「へ、平気……」 「良かった……ぅっ」 うめくハウルの背に手を回し―――ぬるりとしたものが手に触れて、ソフィーはぎょっと自分の手を視界に持って来た。 手が、赤に染まっている。 「ハウル!?」 慌ててハウルの下から這い出す―――ソフィーに倒れかかってくるハウルの背は、血で真っ赤に染まっていた。 「さすがのハウルもソフィーを庇うのに精一杯で、自分に護りの防壁をかける事が出来なかったようだね」 開け放たれた扉の向こうで、カーディナルが微笑んでいる。 かつての友を傷つけておきながら、こんなにやわらかな微笑みを浮かべる事が出来る彼を、ソフィーは心の底から怖いと思った。 「ほらハウル、倒れている暇はないよ。君が何とかしなければソフィーが死ぬ」 「……く…」 その言葉にハウルが立ち上がろうとする。 「ダメよハウル!」 ソフィーがハウルの服の裾を掴むが、彼は全く意に介さない。 「この……!」 カルシファーがカーディナルに飛びかかろうとしたが、外に出た途端カルシファーは慌てて城のなかへと引き返して来た。 「雨が降ってるっ……くそぉ、おいらが雨に弱いの知っててこの時間を選んだんだな!」 「……さがって」 壁にもたれながらも何とか立ち上がったハウルがソフィーを押しのけた。 「ハウル!」 「このくらいで死ぬ君ではないよね。だけど生身の身体に戻った君には、随分と堪えるはずだ―――」 「く……」 立ち上がったハウルに追い打ちをかけるように、カーディナルが光を作り出しこちらに向かってまっすぐ放って来た。 「ハウル、避けて!!」 何とか彼を動かそうとハウルの腕を引っ張るがソフィーの細腕ではびくともしない。 それならば代わりに盾に――と思ってもそれ以上ソフィーが前に出られないように護りの障壁を作ったのか、それ以上前に進めない。 「ハウル!!」 ハウルはまっすぐ、カーディナルの方を見据えたまま。 「!!」 ハウルの身体を光が切り裂いていく。 何とか防護の魔法で急所だけは守ったものの、切り裂かれたところから血が噴き出した。 「もうやめて! ハウル、お願いやめて……っ!!」 ぐらり、と彼の身体が傾ぐ。 それを何とか支えて壁にもたれかけさせると、ソフィーは前に出て思い切りカーディナルを睨み付けた。 「卑怯じゃない!! あたしに暗示をかけたり、動けないハウルに追い打ちをかけたり……カルシファーの力を求めたってあんたじゃ使いこなせないわ。自滅するだけよ!!」 カーディナルは微笑みを浮かべているだけ。 「自滅するだって? やってみなければ分からないじゃないか」 カーディナルの手がソフィーへと向けられる。 「ソフィー、扉を閉めろ!!」 カルシファーの声が聞こえ、ソフィーはとっさに扉の取っ手を掴んだ。 そのまま扉を閉めていく。 「―――逃げても無駄だよ。直ぐに追いついてハウルの命にとどめを刺してあげよう」 扉を閉める寸前、カーディナルのそんな声が聞こえてくる。 ソフィーはそれに構わず扉を閉めた。 ―――取っ手を回す寸前、カーディナルの声が聞こえたような気がして一瞬手が止まる。 「ソフィー!!」 カルシファーに促され、ソフィーは震える手で取っ手を回した。 しーん……とした静寂が辺りを包む。 「……とりあえずは、逃げ切ったかな……」 「……う…」 暗闇にハウルのうめく声が聞こえた。 「ハウル!!」 階段のところに倒れ込んだハウルが浅い息を繰り返している。 自分のところまで血が流れ出すほどの出血に、ソフィーは悲鳴をあげた。 |