緋色の野望・血色の闇
その9
何とかベッドに運び込み傷の手当てをするものの、ソフィーの怪我とは比べものにならないくらい酷い傷だった。 マルクルが昔ハウルに教えて貰ったという曖昧な記憶を元にして作られた薬が功を奏したか出血は止まったようだが、傷が塞がった訳ではなく体力を回復させるまでには至らない。 その上傷のせいでか熱が上がってきて、ハウルは苦しそうに何度も息を紡いでいた。 じんわりと滲む汗を何度も拭いて、氷嚢をハウルの額の上に乗せる。 それがどれだけの効果を生むのかは分からなかったが、今のソフィーにはそれしか出来なかった。 「大丈夫だよね、ハウルさん、大丈夫だよね?」 ぐすぐすと鼻をすすりながらハウルの枕元で見守るマルクルを、ソフィーはぎゅっと抱きしめた。 「ええ、大丈夫よ。血は止まったから安静にしてなきゃいけないだろうけど…」 「死んだりしないよね……?」 「うん、大丈夫」 ソフィーが力強く頷いたのに安心したのか、マルクルは目をごしごしと擦ってうん、と頷いた。 「さ、もう休みなさい……ハウルは私が看病するから」 「うん、分かった……」 お休みなさい、と言葉を返してマルクルはぱたりと扉を閉める。 部屋のなかにはただ懇々と眠り続けるハウルと、ソフィーだけが残された。 「……う…」 誰もいなくなった。 そう思った途端、ソフィーは床に崩れ落ちていた。 涙が後から後から浮かんできて、頬を伝いエプロンに染みを作っていく。 「……あたしのせいだ……」 あたしがあいつの魔法にかかってしまったから。 考えなしに扉を開けてしまったから。 ハウルは魔法を使う余裕もなく、自分の身体を盾にしてあたしを庇ってくれた。 そのせいでマルクルも、おばあちゃんも、ヒンも、カルシファーも悲しみに沈んでいる。 前からずっとカルシファーにもハウルにも「気をつけろ」って言われてたじゃないの。 なのに、なのに―――あたしがぐずで考えなしだったから! 「……っう…ぅ…」 口を覆い何とか嗚咽を堪えるが、涙は止まらない。 ―――あたしのせいで。あたしのせいで!! 「……ソフィー…」 泣き声とは別の声が響いて、ソフィーはぎくりと身を起こした。 「……っ、ハウル!?」 ハウルが身を起こしてソフィーを見つめている。 「だっ…駄目よ、身体を起こしちゃ! 寝てなきゃ!!」 慌ててエプロンの端で涙を拭い、ハウルに近づいて彼の身体をそっと横たえさせる。 「熱があるんだから、今日のところは大人しく寝てなさい」 「……泣かないで、ソフィー……」 緩慢な動きではあるが、ゆっくりとハウルが手を伸ばしてソフィーの頬に触れてくる。 「僕は大丈夫……少し動けるようになったら自分で薬を調合出来るから。そうしたらすぐにでも動けるよ……」 かすれてはいるがしっかりとした物言いでハウルが告げる。 ソフィーの目には新たな涙が浮かんで来ていた。 「……ごめんね、ハウル……あたし、あたし…ハウルの足を引っ張ってばかりだ」 「言っただろ? やっと守るべき者が見つかったって。……君を守れる事は、僕にとって凄く嬉しいことなんだ。今度こそソフィーを守れて、僕は嬉しいんだよ……」 ―――でも、その誓いを守る為にハウルはどれだけ傷ついていくのだろう。 カルシファーという枷がなくなって自由になった分、ソフィーという大切なものが出来た分、ハウルは自分のことに無頓着になってきているような気がする。 「そんなに、格好良くなくったっていいの……ハウルは弱虫で臆病なまんまで、いいのよ……」 ソフィーは頬に当てられたハウルの手に自分の手を重ねた。 「そうしたら、ずっと一緒にいられるじゃない……」 ソフィーのその言葉にハウルはただ優しく微笑むだけだった。 「……怪我は、どう…?」 「え?」 「右肩の傷。まだ痛むんだろ……?」 どう考えてもハウルの方が大怪我で、命を失わなかったのが不思議なくらいの重傷なのに。 「あたしの事はいいのよ……今は、自分の怪我を治すことだけを考えて…」 涙が止まらない。 ソフィーは涙をぼろぼろこぼしながらハウルを見つめていた。 |