緋色の野望・血色の闇

その10







少し喋ったことで疲れたのだろう。

ハウルはそのまま眠りに落ち、先ほどよりも穏やかな寝息をたて始めた。

それを確認してから、ソフィーはそっとハウルの部屋を出た。

そのまま暖炉の方へと歩いていく。

ほのかに揺らめく火が辺りを照らし出していた。

「―――カルシファー」

寝ているのかと思い声をかけると、火はすぐに燃え上がった。

「ハウル、大丈夫そうだな」

ハウルの事が心配でカルシファーも眠れなかったのだろう。

その表情には安堵が見えていた。

「でも傷だって完全に塞がった訳じゃないし……元のように戻るには時間がかかるわ」

魔法の薬が少しずつ効力を表してきてはいるが、それでも普通の人間ならば即死したであろう怪我を負っているのである。

幾らハウルでも寝床から離れられなければ魔法を行使するのも容易ではないだろう。

「ハウルが大丈夫って言ったんなら大丈夫だよ。ソフィーだって怪我してるんだから早く休みなよ。今晩はおいらが城を見張ってるからさ」

「………」

ソフィーはカルシファーの前に椅子を持ってくると座り込んだ。

―――今はとても眠る気分じゃない。

考えなければいけない。これからどうすればいいのか、どうするべきか。

時間がないのだ。

黙ったまま動かないソフィーに、カルシファーがおずおずと声をかける。

「……カーディナルの残した言葉か? 気になってるの……」

「……うん」

ハウルが動けない今を好機と捉えて、カーディナルは攻撃を仕掛けてくるだろう。

ハウルほどの力はないとしても、相手は魔法使い。

自分たちではとても太刀打ち出来る筈もない。

「おいらだけでも何とか出来るさ。おいらは悪魔なんだからな!」

元気づける為かぼぉっと天井高く炎を吐き出すカルシファーに、ソフィーは首を横に振った。

「あたしは魔法を使えないし、マルクルも幼すぎて駄目、おばあちゃんやヒンを無理させられないし、ハウルだって動けない……幾らカルシファーでも全員を守るのは、無理よ」

「じ、じゃさ、イザとなれば城の引っ越しをさせればいいよ。明日にでもハウルが目を覚ましたら引っ越しのやり方を聞いて……」

ソフィーを元気づけようと色々言葉をかけていたカルシファーはふっと押し黙った。

ソフィーの視線が、自分を見ていない。

何かを思いついた、というような表情にカルシファーは不安を覚えた。

「……ソフィー…?」

カルシファーが不安そうな声を出す。

だがソフィーは気がつかない。

「おい、ソフィー」

―――ふっ…とソフィーの瞳に異様な光が宿る。

彼女が何かを決心したのは明らかだった。

「ソフィー!!」

カルシファーが大きく呼ぶと、ソフィーはようやく我に返ったようにカルシファーに視点を戻した。

「……なに? カルシファー」

「今……なに、考えてた?」

「……一つ、方法がある」

「え?」












扉の取っ手を回す寸前、カーディナルがソフィーにかけた言葉。



―――もし君が僕の元に来るならば、ハウルの怪我が治るまで待ってあげてもいい。それくらいの度量は僕にもあるからね。
















「駄目、駄目だってソフィー! ちょ、ちょっと落ち着いて!!」

慌てふためいたカルシファーがソフィーの周りを飛び回るが、ソフィーは意に介する事なく用意を続ける。

「ソフィーがいなくなったら、誰がハウルの暴走を止めるんだよ〜!! おいらやマルクルで止められる訳ないじゃんか!!」

「でもこのままじゃ皆死んじゃうでしょ。時間を稼ぐ必要があるのよ……向こうからその条件を持ちかけてきたんだから、それに乗らない手はないわ」

ポシェットに少しばかりのお金を入れた財布と細々したものを詰め込み、帽子をかぶる。

「少なくともハウルの怪我が治るまでは時間が稼げるわ。そうしたらあたしを迎えに来てくれればいい。ね?」

「そ、そういう問題じゃなくってっ! あいつが何の策略もなしに切り出す訳ないだろ! ハウルの弱点がソフィーだって分かってて、カーディナルは交換条件を持ち出してるの、わかんないのか!?」

―――一番触れられたくないところをカルシファーに切り込まれ、ソフィーは押し黙った。

「絶対、ハウルを精神的に追いつめて壊してしまう為にソフィーを使うに決まってる」

それはソフィーとて分かっていた。

だがこのまま何もしなければ、カーディナルはきっと弱り切ったハウルを本当に殺してカルシファーを奪おうとするだろう。

「でも……でも今の状態で何もせずにいたら、ハウルは本当に殺されてしまう」

―――ハウルと共に生きていこうと決めた時から覚悟は決めていた。

彼と一緒に生きて行こうと思ったら、受け身でいちゃいけない。守られてばかりじゃいけない。

それにこんな事態を招いてしまったのは全て自分のせい。

その責任をとらなくてはならない。

「今のあたしに出来るのはこれだけだもの。後悔はしたくないの!」

それだけ言うとソフィーはもうカルシファーの言葉には取り合わず部屋を飛び出してしまった。

「ソフィー!! あああ、どうすりゃいいんだよぉ」

「カルシファー!? 一体何の騒ぎ!?」

さっきから続く物音で飛び起きて来たらしいマルクルが、寝間着のままやってくる。

「マルクル!! どうしようどうしよう……!!!」

マルクルにどうやって説明したらいいのか、パニックに陥っているカルシファーには分からない。

「……こうなったら…!」

暫くわたわたと飛び回っていたカルシファーは、そのまま一直線に隣の部屋に飛び込んだ。

―――そこは、ハウルの部屋。

「ハウル! ハウル、起きろ、ハウル!!」

耳元で怒鳴りつけるとさすがにハウルも顔をしかめて目を開けた。

「カルシファー……一体どうした」

「ソフィーが! ソフィーがカーディナルの処に行こうとしてる!! 奴に交換条件を出されたらしいんだ、それを鵜呑みにして……」

カルシファーの言葉が終わるよりも早く、ハウルは飛び起きていた。











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