緋色の野望・血色の闇
その11
そうして―――ハウルは悪夢から唐突に目覚めた。 「――――っ!!」 はっと目を開ける。 見慣れた天井、ベッドの周りを埋め尽くす宝石や鉱石、護符、まじないの数々が目に入ってくる。 「……目が覚めたかい?」 はっと顔を横に向ける。 いつもならソフィーがいる筈のそこにいたのは、元荒地の魔女であるおばあさんだった。 「さすがのカルちゃんも世話は出来ないからねぇ。ソフィーもいない事だし、あたしが面倒を見てあげるよ」 ―――ソフィーがいない。 カーディナルから持ちかけられた交換条件―――恐らくハウルの身の安全と引き換えにソフィー自身を要求したのだろう―――を呑んで、城を出て行ってしまったのだ。 「―――っ…」 いつもこうだ。 肝心な所で役にたたず、護りたいものに逆に護られている自分。 幾ら才能があっても、美貌があっても、何の役にもたたない。 「―――また逃げるつもりかい?」 おばあさんの言葉にハウルははっと首を巡らせた。 「ここで逃げればもう二度とソフィーは戻らないよ。それっくらいは分かってるんだろ?」 「…………」 未だ身体を苛む激痛に顔をしかめ、ハウルはぎゅ…とシーツを握りしめた。 「……なぁ、ハウル……」 カルシファーが元気なくふよふよと漂ってきて、ハウルの枕元に近づいた。 「ソフィー、さ。時間稼ぎをするって言ってただろ。カーディナルがそう取引を持ちかけたらしいんだ」 「……取引…」 「ハウルの怪我が治るまで待ってやる……って」 ―――そう、だったのか。 だからソフィーは自分が幾ら止めても聞かず、強引に出ていったんだ。 そう持ちかければソフィーは必ず自分の処にやってくる―――短期間のうちに自分とソフィーの関係、ソフィーの性格を見抜き、カーディナルは慎重に罠を仕掛けたのだ。 それに自分が気がつかなかった為に、ソフィーに辛い思いをさせる事になってしまった。 「……小賢しいことをする…」 吐き捨てるようなハウルの言葉に、カルシファーはただ眉をひそめるだけで何も言わない。 おばあさんもただ黙って聞いているだけだった。 「……マルクル」 「はいっ!」 扉のところでハウルの様子を見つめていたマルクルがはじかれたようにハウルの傍へとやってきた。 「僕はまだ動けない。だからマルクルが代わりに薬を作ってくれ。ここから指図をするから」 「は…はいっ!」 「それじゃまずお湯を沸かして。カルシファー、手伝ってやって」 「分かりました!!」 部屋を飛び出していくマルクルを見送ってから、ハウルは大きく溜息をついて目を閉じた。 だがカルシファーはハウルの頭上にとどまったまま。 「……ハウル」 「疲れた……少し休むよ」 「うん…」 ハウルが目を閉じる瞬間。 彼の瞳に闇を見たような気がして、カルシファーは大きな不安を覚えずにはいられなかった。 一方。 半ば強引に城を飛び出したソフィーは、一人荒野を歩いていた。 老婆だった時には登るのもやっとだった道を一人黙々と歩いていく。 飛び出した時には真夜中だった辺りの景色も朝日に包まれて来たというのに、カーディナルらしい姿は何処にも見えなかった。 朝特有の冷たい風が身にしみる。 「……人に条件出しておきながら、この仕打ちは何なのかしら…っ!」 こちらとしては死にも等しい悲壮な覚悟を決めて出てきたのだから、向こうも約束を守ってもらわなければ困る。 ソフィーはすうっと息を吸い込んだ。 「カーディナル!! 出てきなさい、あたしはちゃんとこうしてやって来たわよ!!」 広い荒地をソフィーの声が通っていく。 だが返事はない。 「カーディナル!!!」 もう一度怒鳴るように叫ぶ。 ―――と。 ふわりとソフィーの肩に温かい肩掛けがかけられた。 「!?」 はっと振り向くと、そこには――――。 「そんなに怒鳴らなくても聞こえているよ、レディ」 カーディナルが優しげな微笑みを浮かべて立っていた。 |