緋色の野望・血色の闇
その14
―――と。 「…きゃっ!?」 ソフィーの身体を青い膜のようなものが包み込んだ。 「なにこれ…」 とんとんと叩いたりぎゅーっと押してみたりもするが、全くびくともしない。 (カーディナルの仕業だ―――!!) 「彼女にはそこで見物していて貰おう」 「……ならおまえに思い切り攻撃を加えてもいいということだな…!」 ばさっ…という音と共にハウルの背から羽根が生えた。 「―――ハウル!!」 彼の身体のあちこちに黒い鱗とも棘ともつかないものが生え、足が変化を始める。 「ふふ…憎しみの心に感化されて身体も変化をし始めたか」 カーディナルは飛びかかってくるハウルをすっと避ける。 先ほどまでとは違い、カーディナルはハウルの攻撃を避けるだけ。 攻撃が空ぶるたびに、ハウルの身体はその心に比例してか異形のものに変わっていく。 「ハウル!! ねぇ、ハウル、しっかりして!! 落ち着いてってば!!」 どんどんと膜を叩きながらソフィーは必死に叫ぶが、果たしてその声がハウルに届いているのかどうか分からない。 「……そうやって闇に呑まれてしまったら、君はせっかく手に入れた心を失うことになるんだろうな……ソフィーと共に」 何を思ったかカーディナルがその場に立ち止まる。 それを好機と捉えたハウルが、異形に変わり果てた手をカーディナルめがけて振り下ろした。 鋭い爪がカーディナルの肩を切り裂く。 「――――く…っ…!!」 途端、ソフィーは自分の肩に激痛を感じてうずくまった。 「……ソフィー!?」 はっと我に返ったらしいハウルが慌ててソフィーの近くへと舞い降りる。 「……へいき…」 肩を押さえたソフィーの手の隙間から血がにじみ出している。 その傷は、先ほどカーディナルに与えたはずの、傷。 「―――あの口づけは……」 ハウルの口調がみるみる厳しくなり、表情がゆがんでくる。 「ようやく気がついたようだな!」 その向こうではカーディナルが勝ち誇ったように高笑いをあげた。 「僕に攻撃をすれば、それはそのままソフィーを傷つけることになる! 僕を殺したいと思うならまず先にその娘のほうを殺すんだな。そうすれば術が解けるだろうよ!」 ハウルの手がぎゅ…と握りしめられる。 「……オ…ノレ…」 地の底からわき出るような声がハウルの口から漏れて、ぎょっとソフィーは顔をあげた。 「ハウル…!?」 牙が生え、黒い羽根がハウルの身体を覆っていく。 「ハウル、ハウル、だめ!! 心を強く持って、闇に呑まれないで!!」 ハウルを止めたくても膜が邪魔をして近づけない。 自分の傷の痛みも忘れて、ソフィーは壁に飛びついてどんどんと両手で叩いた。 「ハウル!!」 それでもソフィーの声が届いたのか、ほとんど異形の怪物と化したハウルがちらりとソフィーのほうを見る。 だがそれだけだった。 翼を羽ばたかせ一気に舞い上がる。 その先にはカーディナルがいた。 「憎しみで人の心を闇に染め上げたか。その手でソフィーを殺すことになることも分からぬほどに!!」 今度は容赦はしないといわんばかりにカーディナルが杖を取り出す。 「化け物め。僕が引導を渡し、新たな支配者となってやろう!」 カーディナルに狙いを定め、ハウルが急降下を始める。 「だめ、ハウル!!」 自分が死ぬのは怖い。 それよりもハウルの心が死んでしまうほうが、もっと怖い。 「ハウル!!」 声が届かない。 ソフィーは声をからしてあらん限りの力で叫んだ。 「ハウル! 気がついて、ハウル―――――!!!」 ―――…ソフィー…!! カルシファーの声が唐突に聞こえ、ソフィーははっと口をつぐんだ。 「……カルシファー…?」 ―――ソフィー、聞こえる? カルシファーの声は、ソフィーの指輪から聞こえてきている。 ―――おいらを呼んで、ソフィー!! どうして聞こえるのか、何故呼ばなければならないのか分からないが、ソフィーは痛みをこらえて立ち上がった。 左手をすっと掲げる。 「来て、カルシファー!! あたしはここよ!!」 |