緋色の野望・血色の闇

その15







瞬間、指輪から炎が舞い上がり、見る間にソフィーの身体を包み込んだ。

「―――え…」

……熱くない。

自分を包み込む炎は優しくソフィーを包み込んでいる。

「…カルシファー…」

炎は一気に大きくなりソフィーを縛っている膜をも突き破り―――一つの形を作り上げた。

そこに浮かび上がるのは、炎の悪魔カルシファーの姿。

今にもカーディナルに飛びかかろうとしていたハウルが、はっとその動きを止めた。

「……カ…ルシファー…」

悪魔の顔をしたカルシファーは膨れ上がり、大広間の天井を突き破って見る間に大きくなる。

「!」

天井が崩れはじめ柱が次々と倒れてきて。ソフィーは悲鳴をあげた。

砂埃が舞い上がり、埃が喉に入ってむせてしまう。

咳き込んでいたソフィーはぐいと腕を引っ張られてぎょっと顔をあげた。

「…ハウル…!」

まだ鳥の姿を保っているハウルがソフィーの腕を掴んでいた。

「ソフィー、こっちだ」

「逃がすものか……!」

はっと振り返る。

瓦礫が次々と落ちてくるなか、カーディナルがこちらを見ていた。

さっとハウルがソフィーを庇うように前に立つ。

「……ソフィーが持っていた指輪がカルシファーに繋がっていたとはね…」

カーディナルのすぐ脇に大きい瓦礫が落ちるが、彼は全く意に介さずハウルを見つめている。

「ソフィーを逃がそうとしても無駄だ……道連れにしてやる。この城と共にね」

「……っ…」

城が崩れ去るまで後数分もないだろう。

スカートをぎゅ、と握りしめたソフィーは、固いものに気がついてはっと下を見た。

「……あ…」

護身用にと持ってきたナイフが、ポケットに入っている。

「………」

カーディナルの意識を、そらすくらいは出来るかもしれない。

そうしたら何か進展があるかもしれない。

ソフィーはナイフを取り出して右手に握りしめた。

「……おまえ、何を…!?」

ソフィーが何をしようとしているかを見て、カーディナルが顔を強張らせる。

「ソフィー!?」

ハウルが振り返り、ソフィーがナイフを持っているのを見て目を見開く――が、今更後に引けない。

「思い通りにはさせないんだから…!!」

「やめろ、ソフィー!!」

ソフィーはナイフの切っ先を自分の左手の甲に突き立てた。











ソフィーの手から吹きだすはずの血は、何処からも流れなかった。

「ぐ…!」

カーディナルが手を押さえ押し殺した悲鳴をあげる。

その手からは血が流れ出していた。

「そうか…逆か!」

カーディナルを傷つければソフィーの身体が傷つく―――ということはその逆もあるということだ。

「ハウル、急げ! もうこの城は保たないぞ!」

カルシファーが舞い降りて来てハウルに怒鳴る。

「分かった……え?」

ハウルが驚きの声をあげる。

ソフィーが視線を向ける―――と。

カーディナルの周りに円を描くように魔法陣が現れていた。

その魔法陣に人の姿をしたものが浮かび上がり、カーディナルの体を包み込んだ。

「な――…」

彼の姿が消えていく。

ソフィーを抱きしめるハウルの腕に力がこもり、ソフィーははっとハウルを見上げた。

―――ハウルの表情は強張り、じっと消えていくカーディナルを見つめている。

ハウルたちが見守るなか、カーディナルの姿は完全に消え去ってしまった。

「どういうこと……」

「………」

一体どうしてそうなったのか、ハウルには分かっているようだった。

だがそれに答える前に、カルシファーの怒鳴り声が聞こえて来た。

「急げ!!」

轟音が聞こえ、大地が揺れた。

天井が崩落し瓦礫が落ちてくる。

「きゃ…!」

ハウルがソフィーの身体を抱き上げた。

そのまま翼を羽ばたかせ宙に舞い上がる。

ソフィーはとっさにハウルの首に腕をまわし、しがみついた。










「――――っ…!!」

突然目の前が真っ白に染まって目がくらみ、ソフィーは慌てて目を閉じた。

慣れたのを確認してそぉっと目を開けると眼下には荒地が広がっている。

「外……」

その瞬間背後から轟音が聞こえてびくっと身をすくめる。

振り返ると城が崩れ去ろうとしているのが見えた。

―――おばあちゃんの城、崩れちゃった……ごめんね……

ソフィーはしがみつく腕に力をこめた。












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