緋色の野望・血色の闇

その17









「ソフィーっ!!」

お城に帰って来たソフィーに抱きついて号泣したのはマルクルだった。

「ぼくっ、ぼく、ソフィーが戻らなかったらどうしよぉって……」

「ごめん、ごめんねマルクル……」

マルクルを胸に抱きかかえて精一杯の力をこめて抱きしめる。

「もう何処にもいかないから。だから安心してね、マルクル」

「ここにいてよ……ずっと、傍にいてよ。良い子にしてるから、だから……」

「うん。ごめんね、マルクル……」

泣きじゃくるマルクルの髪を撫で、ソフィーはいちいちマルクルの言葉に頷きを返していた。

それを見つめていたハウルは、ヒンが足元に来ているのに気がついて視線を落とした。

「どうしたんだい、ヒン?」

何かヒンがくわえている。

それは小さく折りたたまれたメモだった。

「……メモ?」

「いつの間にかそれをくわえてたんだよ」

おばあさんの言葉にハウルは「…そうですか…」と答え、それをそっと取り上げて開いた。

「!?」

ぱっとメモが光を放ち、ハウルの手を離れて床へと落ちる。

「――――!!」

光のなかに一人の女性の姿が映し出される。

それはソフィーやハウル、おばあさんが良く知る人物だった。

『久しぶりですね、ハウル』

「……サリマン先生…」

そこには、マダム・サリマンの姿が映し出されていた。










『――あれから全く姿を見せないとは本当にお前は恩知らずな弟子だこと。平和になったのですし、少しくらいは顔出しをしてもバチは当たりませんよ』

ハウルは苦笑を漏らし、映し出されたサリマンの姿に優雅な一礼を返した。

「色々忙しかったものですから。それに不肖の弟子が姿を見せたところでどうという事はないでしょう」

『本当に不肖の弟子ですよ、おまえもカーディナルも』

カーディナルの事を出された途端、ハウルの表情が強張った。

「…………」

『あれの暴走はこちらでも感知していました。ハウルならば適当にあしらうと思っていたのだけれど、随分と手こずったようですね、その様子だと』

ソフィーが慌てて駆け寄ろうとするのをハウルが手で制する。

『カーディナルもあれだけ知恵を回せるのならばもっと魔法の修行に打ち込めば良いものを。そうすればそれなりの器にはなりえるでしょうに。鍛え直す必要がありますね』

―――サリマンは全てを知っている。

知っていて何もしなかったんだ。

(そりゃマダム・サリマンがハウルにばかり肩入れをしたら、ますますカーディナルがやさぐれそうな気はするけど……)

そう感じ取ってソフィーはぎゅっとスカートを握りしめた。

「……カーディを助けたのはあなたですね?」

ハウルの尋ね方は確認だった。

そしてサリマンの方も当然といった様子で頷きを返す。

『あれでもわたくしの弟子には変わりありませんからね。しかし悪魔と契約を結ぼうと画策するとは……落ちぶれたものです。全くあなたといい、カーディナルといい、困ったこと……』

「―――……」

ハウルは何か言いたげに口を開いたが―――結局その言葉を口にする事はなかった。

『ソフィーさん』

サリマンがいきなりソフィーの方へと視線を向けて話しかけて来て、それまで部外者のつもりでいたソフィーは慌てて姿勢を正した。

「は、はいっ」

『この子のせいで巻き込まれて大変な思いをしましたね。囚われたり怪我をしたり……今までそのような目にあった事はないのでしょう? ハウルと付き合うようになって人生が変わったのではないですか?』

「はぁ、まぁ……」

それは確かなのでソフィーは曖昧に頷いた。

『今回のことで分かったでしょう。この子に愛されるのはあなたにとって辛いことですよ。幾ら契約は破棄されたとはいえども一度は悪魔に心をあけ渡した子ですから』

「先生」

さすがに腹に据えかねたらしいハウルがソフィーの前に出るが、サリマンは『あなたに聞いてはいません』と一蹴してしまった。

『一生この子の傍にいる覚悟はおあり?』

「……ソフィー…」

ハウルが不安そうな面持ちで振り返る。

ソフィーはハウルの背を優しく撫でて、笑みを浮かべた。

「ええ。あたしはハウルを愛してますから」

普段なら恥ずかしくて言えない言葉だけど、するっとそんな言葉が出た。

―――サリマンが深い溜息をついたのが聞こえた。

『―――その覚悟が悪夢にならない事を祈っていますよ』

その言葉を最後にサリマンの姿は消え、メモがぽっと燃え上がる。

後には床に焼けこげが残るばかりだった。

「―――ソフィー…」

マルクルがおずおずとソフィーの服を引っ張る。

「さ、ご飯にしましょうか。みんな、おなかすいたでしょう?」

その言葉で今まで漂っていた沈痛な空気が払拭される。

「ソフィーが帰ってきて助かったよ。毎日パンとチーズだけじゃ飽きちまうからねぇ」

「ヒン!」

「ちょっと待ってね。今すぐ作るから」

エプロンを腰に巻き早速動き出すソフィーを、ハウルはじっと見つめていた。











皆寝静まったのを確認してから部屋に帰って来て。

ソフィーは服を脱いで肩の傷を確認していた。

「……また治るまでに当分かかりそうね…」

傷を消毒し包帯を巻く。

試しに肩を動かしてみると、多少痛みはあるものの動きには支障はない。

「ま、数日したら治るでしょう」

日々の家事に支障がなければどうって事ない。

ネグリジェに着替え今日の処は寝ようと布団をめくった時。

コンコンと扉が鳴る音がした。

「はい?」

―――何の反応もない。

不審に思って扉へと近づき、開ける―――と。

「……ハウル」

憂鬱そうな顔をしたハウルが立っていた。






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