ロンド
交錯の回旋曲
その6
本当は買い物はマルクルに任せても良かった。 だが動いているほうが不安を紛らわせられるし、久しぶりに街へと出て気張らしもしたい。 ずっと城に閉じこもっていたら気がおかしくなりそうだった。 だから無理矢理出てきたのだが――――。 「……後で怒られるのはカルシファーも、なのよねぇ……」 ハウルが知ったら当然ソフィーも怒られるが、止められなかったカルシファーも怒られる。 だが今更頭を下げて戻るのも何なので、ソフィーはそのまま歩き出した。 もうちょっと行けば行きつけのお店がある。 今日はそこで適当に見繕って帰ろう。 そう思いつつ歩いていたソフィーは、ふと足を止めた。 通りの向こうに男が二人立っている。 スーツ姿のまだ若い男たち―――とはいえど、ハウルよりは上のようで、20代後半のようである。 こちらをじっと見ているがソフィーの知っている人物ではない。 「………?」 何をしているのだろう、と思いつつもその脇を通り過ぎようとする。 「ソフィー・ハッター嬢ですね?」 真横に来た瞬間にそう話しかけられ、ソフィーはびくぅっと身をすくめた。 「え……」 強張った顔で見上げるソフィーの背後に、もう一人の男が回り込む。 「怖がらないで下さい。私たちはあなたをお迎えにあがったのです」 「迎え?」 「はい。魔法使いハウル殿が今何をされているのか、ご家族の方はご存じないとお聞き致しまして」 ハウルの名を出されて心臓がはねる。 「実はハウル殿には我が主の頼みで動いて頂いているのです」 「…………」 「ハウル殿が何も告げていない事を我が主がお知りになられて大層驚かれまして、その事でソフィー嬢にお詫びをしたいとのことなのです」 「………その、主人という方はどなたなんですか?」 ハウルが何かをやっているのは確かであるし、話のつじつまはあう。 だが一歩踏み出せない何かがあった。 「申し訳ありません。それはここでは申せないのです……もし誰かの耳にでも入りましたら、有らぬ事件が起こるかもしれませぬゆえ」 「……………」 「不躾なお願いではございますが、我が主の招きを受けて頂けませんでしょうか?」 どうしよう。 行けば何か分かるかもしれない―――が、もし罠だったら、ハウルに迷惑がかかることになる。 「……あの」 暫く考えてソフィーは口を開いた。 「一度家に戻っていいですか? 持って行きたいものがあるので……それを取りに行きたいんです」 取りに行きたいものがある訳ではない。 それはとっさに出た嘘―――城に戻ってカルシファーに相談をした方がいいと思ったのだ。 彼ならば目の前にいる者たちが敵か味方かを見分けてくれるだろう。 「分かりました。そのくらいの猶予はありますので、どうぞ取りにお戻りください」 問答無用で断られるかと思っていたソフィーは、ほっと息をついた。 「それじゃ……」 ともかくはカルシファーと相談をしてみよう。 お辞儀をしてから店の方へと戻ろうと歩きかけたソフィーは 「―――っ…!」 首筋の後ろに強い衝撃を受けて息を詰まらせた。 (―――な…に…?) 一体自分に何が起こったのか把握出来ないまま、意識が闇へと沈んでいく。 どさり、と石畳に音が響き渡った。 「危なかったな。―――城にいる悪魔と連絡を取られたら厄介な事になる」 「勘のいい娘ですね……一週間様子を見続けて、ようやく姿を現したくらいですから」 そんな事を言いつつ男たちは意識を失ったソフィーの体を抱き上げた。 「戻るぞ。次の準備に入らなければならん」 「はい」 その時ソフィーのスカートのポケットから何かが滑り落ち、固い音を立てた。 「ん?」 気がついた男の一人が視線を向ける―――それはメダルのようなものだった。 「これは何でしょうか」 「放っておけ、どうせハウルが娘に持たせた何かだろう」 「分かりました」 そのまま足早に男たちは人のいない裏通りへと消えていく。 ―――後には鈍い光を放つ護符が残るばかりだった。 |