ロンド
交錯の回旋曲

その8







場所は移る。

荒地の裾野の街から遠く離れた国境近くでは、未だ破壊音と爆風と炎が辺りを覆い尽くしていた。

剣を使った白兵戦が行われているその向こうで、基地を狙い爆弾と生物兵器を落とす飛行機が飛来してくる。

元々は美しかった筈の森と湖は人の血で濡れ、炎が木々を焼き尽くしていた。

それでも延焼が押さえられているのは、ここら一帯が川が多く水際で火が食い止められているからだろう。

「……ひどい…」

焼き尽くされ炭と化した木の幹を撫で、ハウルは溜息をついた。

紛争を収めるようにと指示されて来たはいいが、自分が思っていた以上に戦況は悪い。

とりあえず飛行機は内部をいじり片っ端から落としている為、こちら側のへの被害はなくなったと見て良い。

だが――――。

「……何をやってるんだろう、僕は……」

一体自分は何をしているのだろう。

幾ら言いつくろったとしても争いは争い、人殺しに違いない。

「…………」

今の自分を見たらソフィーはどう思うだろう。

言われるがままに人を殺す手伝いをしている自分を見たら、ソフィーは自分を嫌いになるかもしれない。

嫌われたくない、ソフィーを失いたくない。

だが今逃げ出せば、一生ソフィーも逃げ続ける人生を送らなければならなくなる。

ここのところ、ハウルはそんなジレンマに苛まれていた。












『―――ハウル』

突然そんな声が聞こえて、ハウルははっと顔をあげた。

岩陰へと走っていき辺りに誰もいないのを確認してから、そっと懐から水晶球を取り出す。

遠見の水晶球と呼ばれるそれは、その水晶そのものが魔力を帯びているため遠くの景色を見たり通信手段として使われたりする。

魔力が強い者になれば水晶球を媒体として術を行使したりも出来るのだが。

水晶球に映し出されたのはマダム・サリマン。

もしものためにと水晶球を持ち出してはいたがこうやってマダム・サリマンが連絡をよこしてくるのは初めてのこと。

嫌な予感を感じてハウルは顔を強ばらせた。

『ハウル。ソフィーに持たせた護符が壊れたようです』

開口一番そんなことを告げたサリマンにハウルは息を飲んだ。

『ソフィーの手を離れ別の者の手に渡った場合、あの護符は砂となって消え去ります。どうやらソフィーが護符を失うような事態が起こったようですね』

まるで他人事のような物言いに、怒りがこみ上げてくる。

「っ……僕が何のためにこんな所まで出向いて戦ってると思ってるんですか!? すべてはソフィーを守るためなのに、そのソフィーに何かあったのでは意味がないじゃないですか!!」

『……それは申し訳なく思っています。ですからこうしてあなたに知らせたのです』

口では謝っていても本心でそう思っている訳ではない。

国を守る為ならば、大儀のためならば例え大切な者でもためらいなく差し出せる冷酷さを彼女は持ち合わせている。

ハウルもソフィーも、もしかしたら王ですら、サリマンにとっては持ち駒の一つでしかないのだ。

―――だからこそハウルはこの人を恐れていた。

ハウルは水晶球に映るサリマンを睨み付けていたが、やがて立ち上がった。

「ソフィーを探します。止めても無駄ですよ……僕はソフィーの身の安全を条件に力を貸していたんですから」

それだけ言うとハウルは一方的に通信を切ってしまった。












「―――ふふ、相変わらずあの娘のこととなると熱くなるようね」

サリマンは今はもう何も映さない水晶球をそっと撫でた。

「うまくいけばいいけれど」

そう独りごちてから呼び鈴を鳴らす

「はい」

小姓の1人が姿を現した。

「総理大臣へ、隣国へ送る使者について相談をしたいのでここに来るように、と伝えなさい」

「はい、かしこまりました」

小姓が去っていくのを見送って、サリマンはふふっと押さえきれない笑みを漏らした。

「後はハウルがうまくやるのを見守るとしましょうか」











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