ロンド
交錯の回旋曲
その10
男に案内されたのは推測した通り地下。 石で出来た階段を下りていくとひんやりとした空気が体を包み込んだ。 「あそこだ」 指さす方向には鉄格子―――地下牢があった。 降りて来た男を見て牢番らしい兵士が慌てて駆け寄ってくる。 「………!」 地下牢の中で、木の椅子に座って項垂れている星色の髪の少女。 見間違えようのない―――ハウルがずっと探していた少女が、そこにいた。 「ソフィー!!」 ハウルが声をあげると、その少女がはっと頭をあげた。 「……ハウル…!?」 やはりソフィーだ。 足早に近づいていくとソフィーが鉄格子へと飛びついた。 「ハウル、何でここに……!!」 鉄格子を握りしめて訴えてくるソフィーの表情には疲れが見える。 (―――良かった。何か拷問を受けたりとかそういう事はなかったようだ…) 彼女の服に乱れがない事を確認してハウルはほっと息をついた。 「ソフィーこそ怪我はない?」 「あたしは大丈夫……」 ―――と。 背中に冷たい感触を感じて、ハウルは視線だけ背後へと向けた。 「つもる話もあるのだろう? お前もそこに入って貰おう」 男が拳銃の銃口をハウルの背に当てていた。 少しでも動けばそのまま背中から心臓を撃ち抜くつもりなのだろう。 「さあ、入れ」 牢番が鍵を開けハウルを促す。 「…ハウル……」 泣きそうな表情のソフィーに微笑みかけ、ハウルは鉄格子の扉をくぐって中に入った。 「ハウル…っ…!」 途端、抱きついて来たソフィーを抱き留める。 「ソフィー……良かった、無事で……」 寒さのせいか震えている彼女の体を強く抱きしめる。 「せいぜい再会を喜ぶがいい。この牢からは出られないのだからな」 ガシャン、と重い閂の音が響き、男の楽しそうな声が響き渡る。 去っていく男をハウルはじっと見つめていた。 ぴちょん…と水の滴る音がする。 近くを地下水が通っているのだろう―――水の匂いと共に水脈特有の湿気と冷気がこの牢に溜まっているのだ。 「ソフィー、これを着て」 ハウルは震えの止まらないソフィーの肩にそっと上着をかけた。 「大丈夫よ、ハウルの方が風邪をひいちゃう」 「僕は平気だから。ソフィーはずっとここにいたんだろう? 体が冷え切ってしまってる」 先ほどは気がつかなかったがソフィーの顔色は良くない。 もしかしたら満足に食事も与えられていないのかもしれない。 上着を取ろうとするソフィーをハウルはそのまま抱き込んだ。 「こうしてれば僕も暖かいから。ね?」 「……もう…」 向こうで牢番の兵士が聞き耳をたてているのに気がついて、ハウルはソフィーの耳元に口を寄せた。 「一体どうしてここに? カルシファーから聞いた筈だろう……城から出るなと」 「…………」 そこは触れられたくなかった処なのか、ソフィーが押し黙る。 「……ソフィー…」 「……ハウルが何をしていたのか教えてくれたら教えるわ」 小さな声で、だがはっきりとそう言うソフィーに今度はハウルの方が絶句した。 (そう来たか……) 「あたしだって知りたいもの……ハウルが一体何をしているのか」 じっと見つめてくるソフィーの瞳には強い光が宿っている―――きっとその場の誤魔化しは通用しない。 「分かった。言うよ……」 そういえばカルシファーにも同じ調子で問いつめられたな、とハウルは思い出しながら、ここに至った理由をソフィーに語り出したのだった。 互いが互いの事情を話し終えた時には、結構な時間が経っていた。 ―――さすがに戦乱の内容までは話せずそこらは簡単に説明するだけにとどめたのだが、生まれ育った街が燃えるという光景を見たことがあるソフィーには、きっと分かっているに違いなかった。 「そうだったの……ハウルはマダム・サリマンの命令で動いてたのね」 「でもそれもソフィーの身の安全が確保されている間だけの約束だからね。ソフィーがこんな状態になった以上は従う理由はない」 ソフィーが体の力を抜いてハウルにもたれかかってくる。 「ソフィー?」 「ごめんね……あなたがあたしの事をそんなにも考えてくれていたなんて、気がつかなかった……」 ぴったりと体を密着させているからこそ聞こえるくらい、とても小さな声。 「………」 「ごめんなさい……あたし、足手まといになってるのね」 「それは違う」 ハウルは強い口調で否定した。 「言っただろう? ようやく守らなければならない人が出来たと。君がいてくれるから僕はようやく生きる事がこんなにも幸せな事なんだと気づく事が出来たんだよ」 「ハウル……」 「君を失う事が一番怖いんだ……だから、僕の傍を去ろうなんて事だけは絶対に考えないで……」 ―――想像しただけで震えてくる。 幸せを知ってしまった以上、もう前のような孤独な生活には戻れない。 ソフィーは自分を抱きしめてくるハウルの腕をそっと撫でた。 「うん……分かってる…だから、あたしにもあなたの手伝いをさせて?」 驚いた表情で見つめてくるハウルをソフィーは見上げて、微笑んだ。 「あなたの力になりたいの。……取り柄はあんまりないけど…」 またそんな事を言っている。 あの花畑でもソフィーは自分を卑下するような事を言っていた。 「ソフィー…」 だがハウルが言うより前に、ソフィーは言葉の続きを口にしていた。 「でもあなたを愛してる気持ちだけは誰にも負けない。それには自信があるの」 いきなりストレートな告白を受けると思わず、ハウルは息を呑んだ。 ―――愛される喜びは、こんなにも温かく嬉しいものか。 自分が愛する者が同じような想いを返してくれる事がこんなにも幸せだなんて。 「ソフィー…!」 ハウルはソフィーの頬に手を添えると唇を重ねた。 ―――冷たくなってしまっているソフィーの唇の感触によりいっそう深く重ね合わせる。 「……んっ…」 「ソフィー……愛してる…」 ぎゅ、とハウルの腕を握りしめてくるソフィーの指の強さを感じながら、ハウルは何度も口づけを繰り返した。 |