ロンド
交錯の回旋曲

その11








さて。

どんなに幸せを感じていようと現実は地下牢のなか。

いつまでもここにいる訳にはいかなかった。

先ほどからソフィーは寒さで震えが止まらない。

女性の身にとって地下の冷たさはかなり辛いものに違いない。

おまけに食事も満足に取っていない為、体が弱り切って熱を作り出せなくなりつつあるのだ。

「何とか脱出しなきゃな……」

そっと鉄格子に近づいて牢番の様子をのぞき見る。

暫くハウルとソフィーがおとなしくしていたためか、はたまた暖のために置かれたストーブが心地よいためか、牢番はこっくりこっくりと居眠りを始めていた。

「魔法で鍵を開けられないの?」

ハウルの上着を抱きしめるようにしながらソフィーも鉄格子のほうへとやってくる。

「それが出来ればいいんだけどね……見て」

ハウルは牢の中に向き直って床を指さした。

「………?」

床にうっすらと淡い色で何かが描かれている。

よくよく見るとそれは魔法陣だった。

「魔封じの円陣だ。この牢屋のなかにいる限り僕は魔法を使えない」

「そうなの?」

「厳密に言えば使えないことはないんだけど……」

魔封じの術を仕掛けて来たのはハウルよりも格下の魔法使い。

だから力押しで破れないこともないのだが。

「その分反発も大きいからね……きっとこの牢屋が吹っ飛ぶよ」

ふっとぶ、と聞いてソフィーがさぁっと青ざめた。

「じゃ脱出は出来ないってことなのね……」

「でもいつまでもここにいる訳にはいかないからね。何とか脱出をしなければ……」

暫く考え込んでいたハウルは、ふと顔をあげてソフィーを見た。

「……な、なに…?」

「良い考えがある。耳貸して」

ひそひそとソフィーの耳に耳打ちをする――――見る間にソフィーは顔を赤らめた。

「ええっ…出来ないわよ、そんなの…」

「大丈夫だって」

「でも……」

ハウルは肩をすくめて苦笑してみせた。

「僕がやってもいいけど、全然信憑性ないと思うよ?」

「…………」

「ね?」

「……わ、分かったわ…」

ぐっとつまってしまったソフィーは、涙目になりながら渋々頷いたのだった。













「う…うぅ……っ…」

牢の中から苦しそうなソフィーの声が聞こえてくる。

「おい、起きろ! 起きろってば!!」

ハウルの怒鳴り声と鉄格子を揺らす音で、居眠りしていた牢番の男が飛び起きた。

「何だ一体!」

牢屋の中央でソフィーがうずくまって苦しそうに喘いでいた。

「う……あ、あぁっ……くる、し……っ…」

「ソフィーの様子がおかしいんだ! 突然苦しそうにうずくまって……頼む、お医者さんの処に連れていってやって!」

鉄格子越しにちらり、とソフィーの様子を見やる。

ハウルは先ほど入れられたばかりだから元気だろうが、数日間閉じこめられていたソフィーがここの処あまり調子が良くなさそうなのは牢番の男も感じていた。

まだ利用価値がある故に生かしておかなければならないと命を受けている為、異変があれば上の指示を仰がねばならないのだが――――。

「暫く待て。上の了解を得なければ出す事は出来ん」

そう言って立ち去ろうとする男にハウルはがん! と鉄格子を叩いて声を荒立てた。

「そんな事をしてたらソフィーが死んでしまうだろう!? ずっとこんな処に閉じこめられて体が弱ってるんだ……彼女が死んだらお前のせいになるんだぞ!?」

鬼気迫る声で叫ぶハウルに牢番は恐れをなしたのか、牢へと近づいて来た。

「わ、分かった……医者に診せてやるから、そう怒鳴るな……」

カチリ、と鍵が開く音がして、扉がぎぃ…と重そうな音をたてて開いた。

「おい、大丈夫か」

牢番がハウルの前を通り過ぎてうずくまっているソフィーへと近づく。

彼女の顔色を見ようとうずくまった時――――。

「……がっ…!」

男が突然呻き声をあげて崩れ落ちた。

「悪いね。そこで暫く眠っててくれ」

その後ろでハウルがにこにこと微笑んでいる。

それを確認してソフィーはがばっと起きあがった。

「もう……すんごく恥ずかしかったわ!」

「名演技だったよソフィー。本当に心配になっちゃうくらいだ」

スカートについた埃を払いながら立ち上がり、ソフィーは床に伸びた男を見つめた。

「大丈夫なの?」

「ちょっとショックを与えただけだからすぐに目が覚めるよ」

「……そういうのも身に付けてるとは知らなかったわ」

てっきり魔法しか使えないのかと思っていたが、ハウルはそれなりに武器や護衛術の事も知っているらしい。

何処で習ったのかは知らないが、それなりに鍛錬を積んだ筈の兵士が首筋へと手刀をたたき込まれただけで昏倒しているのだから。

「滅多に使わないけどね。ほら、行くぞ!」

ハウルがソフィーの手をとって牢を出る。

「きゃ……ま、待って…!」

引っ張られるようにソフィーも歩き出した。










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