ロンド
交錯の回旋曲

その13








「殿下、申し訳ありません」

将校が出てきて、王子の前へと立つ。

「彼らはこの国に侵入しようとした者たちです。牢を破って出てきた処を捕らえようとした為の騒ぎでして……ここは私が収めますので、どうぞ殿下は奥へとお下がりください」

「待て」

王子は男を制すると歩き出した。

そのまままっすぐにハウル達の方へと歩いていく。

「殿下、危のうございます!!」

王子について出てきた側近達が慌てふためいて王子を止めようと声をかけるが、

「大事ない」

そう言い切って、王子はハウルの目の前にまで歩いてきてしまった。

「…………」

警戒を露にしてまだ魔法を発動させているままのハウルをじっと見据える。

「久しぶりだね、ハウル」

「……ここはあんたの砦だったのか?」

そうだ、カブは自分の事を隣国の王子だと名乗っていたではないか。

―――とすれば、ソフィーを狙っていたというのも理解出来る。

彼がソフィーを自分の元へ連れて来るように、と指図したのだとすれば―――。

(こいつが……僕からソフィーを奪おうとしたのか……!!)

「未だ続く紛争の現状を知りたくて視察に来た処だったんだ。……悪いようにはしない。魔法を解いてくれないか?」

ハウルが鋭い瞳で睨み付けても王子はひるむ事なく見つめ返してくる。

「……ハウル、カブはあたし達を助けてくれてたんだもの、大丈夫よ……」

つんつん、とソフィーがハウルの服を引っ張って小声で訴える。

だがハウルはかぶりを振った。

「信じられない。ソフィーを連れ去ったのはあんただろう!」

ハウルが叫ぶと王子はえ、と目を丸くした。

「ソフィーを?」

その反応に今度はハウルの方が驚きを隠せなかった。

何かを隠している時の反応ではない―――本当に知らない時しか、こういう虚を突かれた反応は出来ない筈だ。

「……何か誤解が生じてるみたいだね。その辺りもちゃんと話をしたい。魔法を解いてくれ、ハウル」

王子の言葉に嘘や取り繕いは感じられない。

「……分かった」

暫し迷った後ハウルがそう呟くと、彼を取り巻いていた魔力の渦がすっと消えた。

途端に駆け寄ろうとする兵士を王子が「動くな!」と制する。

「この者たちは私の恩人だ。どんな命を受けているかは知らないが、これからは客人として扱って貰う。もしこの命に従わなかったものは王家への反逆と見なすのでそのつもりでいるように」

王子からそう言明されて、それでも動こうという者はこの場にはいない。

「二人に部屋の用意を。落ち着いたら城へと戻る。その手配も頼む」

「は、はい」

側近たちが用意をする為に慌てて駆け出していく。

「さ、こっちへ来たまえ」

王子が歩き出すのについて、ハウルとソフィーも歩き出した。



――――それを苦々しい表情で見送っていたのは、あの将校だった。











暖かい部屋に通されてスープを差し出され、ソフィーはソファに座ってようやく人心地ついていた。

「満足に食事も与えられなかった?」

ソフィーが衰弱していた理由が食事を与えられなかったせいだと聞いて、王子は表情を険しくした。

「一応頂いてはいたのだけど……」

「あんな冷たい牢獄の中で冷たい水とパンだけ差し入れられても喉を通る訳がない」

ハウルが憮然とした様子で付け足すと、ソフィーの方が慌てて「ハウルっ」とたしなめた。

「それで……ソフィーを連れ去った、というのは一体?」

王子の問いかけに答えたのはソフィーの方だった。

「あたしは……ハウルを雇っている主人が会いたがっているから、一緒に来て欲しいって言われたの。カルシファーに相談するつもりだったんだけど、いきなり当て身を受けて気を失ってしまって……気がついたらこの砦の牢屋のなかにいたのよ」

「あんたがソフィーに惚れてるのは知っている。だからてっきりあんたが指図したんだと思ったんだけど……」

「ハウル、そんな事を考えてたの!?」

カブがそんな事する筈ないでしょっ、と声を荒立てるソフィーを制したのは、他ならぬ本人だった。

王子は落ち着いた物腰で、言葉をつむいだ。

「私はそんな命令を出してないよ。第一もし私がソフィーを連れてくるようにと命じたとしても、牢屋に入れる訳がない。それにソフィーを迎えに行くなら私が自分の足でちゃんと行くよ」

―――王子に対する疑いは晴れたが、その言葉にはもの凄く腹が立つ。

とはいえども今その事で喧嘩をしている場合ではないことは、ハウルも分かっていた。

「……じゃ、ソフィーを狙っているのは一体誰だ……?」

ハウルのその言葉にソフィーも王子も黙り込んでしまった。

ソフィーを狙う何者か。

終わらない紛争。

そう考えて、ハウルはふと顔を上げた。

「――そういえばあんた、さっき視察に来たって言ってたな?」

唐突なハウルの言葉に王子は戸惑いつつも頷いた。

「そうだ。私や王は戦争を終わらせる方向で動いている。なのだがこの地域だけは何故か紛争が止まない。現場を指揮する将軍から話を聞いても「向こうの国が兵を撤退させない以上こちらも撤退させる訳にはいかない」と一点ばりでね。だから私が直々に様子を見に来たんだ」

ハウルとソフィーはその言葉に顔を見合わせた。

「……どうかしたかい?」

王子が不思議そうに問いかける。

「―――実は、僕もこの紛争のことで動いていたんだが……」

ハウルはそう切り出し、サリマンが語った事を王子へと包み隠さず語り始めた。










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