ロンド
交錯の回旋曲

その15









王宮の中へと入ったハウルとソフィーはそれぞれ別の部屋へと案内される事になった。

「え……でもあたし……」

途端に不安そうな表情になるソフィーを、女官達が取り囲んだ。

「陛下に謁見する前に、正装に着替えなければなりませんもの」

「その為のご準備ですわ、ソフィーさま」

そしてハウルも別の女官たちに取り囲まれてしまった。

「ハウルさまもこちらへどうぞ。お召し物を用意しておりますので」

―――辺りに不穏な空気も気配もない。

暫くソフィーと離れても大丈夫だろう。

何よりソフィーの正装が見たい。

ハウルはそう踏んで、ソフィーを安心させるようにほほえみかけた。

「大丈夫だよ、ソフィー。また後でね」

「ハウルぅ〜〜……」

「ソフィーの正装、楽しみにしてるからね」

そのまま歩いていってしまうハウルを、ソフィーは不安そうな面持ちで見送ったのだった。













正直、面白くない事ばかり続いていた。

ソフィーを無事に取り戻したらそのままサリマンの処に怒鳴り込んでやろうか、と思う程にハウルは苛立っていた。

だが。

目の前に立つソフィーの姿を見られただけでも良しとしよう、等という余裕がハウルのなかに生まれてきていた。





謁見の間の前で、ハウルはソフィーと再会した。

淡い白金の髪に栄え、清楚な彼女のイメージを崩さない深い青色のドレスに身を包んだソフィーが、目の前に立っている。

幾重にも重ねられたパニエの為か大きくふくらんだスカートには白いレースがあしらわれており、あちこちに宝石が散りばめられているのかソフィーが動くたびにキラキラと布地が光っている。

同じレースのフリルがあしらわれた胸元は下品にならない程度に大きく空いていて、青いチョーカーと繋がった青い宝石が鎖骨の下辺りでキラキラと煌めいて揺れていた。

「……ハウル、じろじろ見ないでよ……恥ずかしいわ…」

「いや……凄く綺麗だから、つい……」

ソフィーが胸を隠すような仕草をして睨み付けた事で、ハウルはようやく我に返りソフィーから視線を逸らした。

「ハウルの方がどう見たって綺麗なんだもの、それってきっと……欲目よ」

確かにソフィーも綺麗になっているのだが、ハウルの方も負けず劣らず飾り立てられている。

ハウルの方は黒のスーツに身を包み(さすがに髪を染める呪いを用意する事は出来なかったようで髪は黒いままだった)、いつもの着崩した様子からは想像出来ない程にびしっと決めている。

―――というよりも謁見で失礼のないように、と女官たちに服を決められたに違いなかったが。

「それではどうぞ、お入りくださいませ」

扉の前に控えていた女官が扉を押し開ける。

二人の前にきらびやかな空間が現れた。













部屋のなかへと入ると、近衛兵と思われる騎士たちがずらっと並んでいるのが見えた。

その向こうに玉座がある。

そこに座るのがこの国の王だろう―――傍らに、王子が立っている。

「こちらへと参られるがよい」

玉座に座る王がそう呼びかける。

スカートの裾を踏まないように気を遣って歩くソフィーの手をとって、ハウルはゆっくりと王の前まで歩いて来た。

ある程度の処まで来た処ですっと膝を折り、ひざまづく。

「遠い処からようこそ参られた」

その荘厳さと厳粛な雰囲気に圧倒されて何も言えず、ただ頭をたれているソフィーに代わって、ハウルが口を開いた。

「突然の訪問、なにとぞお許しください」

「いや、そなた達が王子の恩人であることは聞き及んでおる。一度会ってみたいと思っておったのだ」

ハウルはふと王子のほうへと視線を向けた。

―――王子は、じっとソフィーを見つめている。

気がつけば周りにいる側近や近衛兵たちもソフィーを見つめているようだった。

(何でソフィーがこんなにも注目を浴びるんだ……?)

自分に集まる視線にソフィーも気がついたようで、下手に顔をあげて目が合ってしまうのが怖いのか、ソフィーはひたすらに小さくなって頭を下げていた。

「そう固くならずとも良い。ソフィー…とやら、顔を見せてくれぬか」

国王に言われれば頭をあげざるを得ない。

「は、はい……」

ソフィーはおずおずと頭を上げ視線を国王のほうへと向けた。

国王は思ったよりも優しい瞳でソフィーを見つめていて、ソフィーはちょっとだけほっと息をついた。

「―――良い瞳をしておるな」

「あ…ありがとうございます……」

ソフィーは顔を赤くして再び頭を下げてしまう。

その間、ハウルは不審がられない程度に辺りの様子を観察していた。

王子のソフィーへの視線は今までもよく感じたものだ―――恋慕の感情がはっきりと見える、好意の視線。

だが周りの者たちの視線はまるで品定めのような視線に感じてならなかった。

ソフィーの一挙一動、ちょっとした仕草までまるでチェックをするかのように彼らは彼女を見つめている。

(一体この視線の意味はどういうことだ……?)

その中でも特に鋭い視線に気がついてハウルは悟られないように視線を向けた。

(……大臣クラスの臣下か)

王から少し離れ、だが他の臣下よりは明らかに格が上の位置に立つ中年の男性が、ひときわ鋭い視線を向けて来ている。

(……気になるな…)

「二人とも色々なことが立て続けに起きて疲れているであろう? 疲れを癒してから故郷へと帰られるがよい」

ハウルの思考は、王の言葉によって遮られてしまった。

「は、ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」

―――この視線の意味を調べたほうがいい。

そうすれば兵士たちがソフィーを狙った理由が分かるはず。

ハウルはそんな確信を抱いて、王の言葉に深々と頭を下げた。









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