ロンド
交錯の回旋曲
その16
「ハウル、あんなこと言っちゃっていいの? カルシファーたちが心配してるわ、きっと」 謁見の間を出た途端、ソフィーがそんなことを訴えて来た。 「カルシファーには僕から伝えておくから大丈夫だよ」 「でも……ご厄介になるつもりはなかったのに、いいのかしら」 「向こうから切り出して来たんだから、そんなに深く考えなくってもいいんじゃない?」 「もう…ハウルったら」 そんなことを話していたハウルとソフィーの前に、1人の女官が現れた。 「お部屋のほうへと案内させて頂きますので、こちらへどうぞ」 「は、はい」 女官の後をついて歩き出す。 ―――足を運びながらも、ハウルは周りの様子に気を配っていた。 (感じる……ソフィーを見ている) 今度は視線がやや遠いためか、緊張の糸がほぐれているせいか、ソフィーは気がついていない。 謁見の間での視線よりも、今度はずっと好奇の色が強い視線だ。 (―――もしかして…?) ふっととある可能性を思いつき、ハウルは息を呑んだ。 (まさか………) 「ここがハウル様のお部屋になります。ソフィー様のお部屋はあちらになります。本来ならば男性女性と同じ棟にお部屋をとることはないのですけれど、急なお話でお部屋がご用意出来ませんでした……申し訳ありません」 隣同士の部屋を示されてソフィーはほっと息をついていた。 「いえ、これでいいんです。ありがとうございます」 「お召し物の着替えをお手伝いいたしましょうか?」 「い、いえっ! 1人で出来ますから……!」 ソフィーが慌てて首を振って辞退すると、女官はそれ以上無理強いすることなく「それでは」と会釈をして去っていった。 「―――はぁ、王宮ってのは疲れるものなのね…」 王に目通りをしただけでもかなり緊張していたというのに、まさか王宮に泊まることになるなんて。 絶対にこういう処では暮らしていけない。自信がない。 「休んだら? 疲れた顔をしてるよ」 気慣れないドレスを着込まされて気疲れしているのもあるのだろう。 「うん、そうさせて貰うわ……」 と部屋の扉を開けかけたソフィーは、ハウルが後に続こうとしたのを押しとどめた。 「あなたはあっち」 指さされてハウルは不満そうな顔をした。 「でも、まだソフィーを狙った輩が何処にいるか分からないんだから、1人でいるのはまずいよ」 「それより先にあたしは着替えたいの!!」 ソフィーに怒鳴られて、ハウルは渋々「分かった」と頷いた。 ぱたり、と閉じられた扉を見てため息をつく。 それからハウルはあてがわれた部屋ではない、別の方向へと歩き出した。 (――――さっき感じた視線の理由を調べておいたほうがいい) ソフィーを1人にするのは気になるが、直ぐに戻れば大丈夫だろう。 一抹の不安を感じながらも、ハウルは廊下を歩いていった。 何とか着替え終えたソフィーは、ようやく人心地ついていた。 ―――とはいえど。 「大きい部屋……」 ハウルの城のリビングの五倍はありそうな広さの部屋に、豪奢な家具がおいてある。 今ソフィーが座っているソファの座り心地もふかふかで全然違う。 「こんなに広いとお掃除大変そう……」 などと思ってしまうあたり、根っからの庶民と言えよう。 コンコン 「はーい、開いてるわ」 今自分の部屋を訪ねるとすればハウルしかいないだろう。 そう思って気軽な声をかけたソフィーだったが。 「お邪魔するよ」 と入って来たのは、王子だった。 「えっ、あっ」 わたわたと立ち上がるソフィーを王子は制した。 「いいよ、そのままで」 「ご、ごめんなさい。てっきりハウルとばかり思って……」 申し訳なさそうに座るソフィーの隣に王子が腰を下ろす。 思った以上に近い距離に、ソフィーは戸惑いを覚えつつスカートを握りしめた。 「ソフィーには色々と迷惑をかけてしまたようで、本当に申し訳なく思っているんだ」 「いいえ、そんなことは……」 どうも会話が続かない。 王子のほうも何かタイミングを窺っているようで、すぐに言葉がとぎれてしまう。 「…………」 「…………」 とても気まずい沈黙が流れ、ソフィーは内心焦っていた。 相手がかかしの姿だった時には全く感じなかったが、実は王子様でした、なんてことを知った今、果たして気安い言葉を使っていいものだろうか。 ハウルはそういう処に全く無頓着だから、相手が王子であろうとなかろうと関係ないようだが。 「……ソフィー」 「は、はい」 気がつけば王子が先ほどよりも距離を詰めている。 思った以上に近い距離にソフィーがほんのわずか離れようとした時。 「逃げないで」 王子がソフィーの手を取っていた。 そのまま引き寄せられる。 「ソフィーに言いたかったことがあるんだよ」 「い、言いたかったこと……?」 ぎゅ、と握る手に力がこもる。 「本当はもうちょっとロマンティックな場所で言いたかったのだけど」 次にどんな言葉が来るのか分からず、ソフィーがどぎまぎしながら次の言葉を待っていた。 「ソフィー、君に私の妻になってほしい。私と結婚して貰えないだろうか」 |