ロンド
交錯の回旋曲
その17
(……………) ハウルは物陰に隠れて使用人たちの会話に聞き耳をたてていた。 「なかなか可愛らしい方だけどねぇ、あのソフィーって娘は。でもさすがに王族入りとなると荷が重いんじゃないかねぇ」 「でも側室って訳にもいかないだろ。王子様のあの入れ込みようだと」 「一緒にいた男性、あの魔法使いハウルでしょ? てっきりあの人が恋人だとばかり思ってたんだけど」 「そのくらいであの殿下があきらめるかねぇ」 「うーん」 そこまで聞いた処で、ハウルはそっとその場を離れた。 これ以上聞いていたら怒鳴り込んでしまいそうだった。 (やっぱりだ……あいつ、ソフィーを自分のものにするつもりだ……!) ゆっくりとしている場合じゃない。 ソフィーの心が揺らぐ……とは思いたくないが、使用人たちの話やかかしに姿を変えられていた時の行動から考えても、王子はかなり押しが強く強引な処がある性格らしい。 押し切られてしまう可能性がないとは言い切れない。 (早く城に戻ろう) そんなことを思いながらソフィーの部屋へと戻って来たハウルは、扉の取っ手に手をかけた処でぎょっと身を強ばらせた。 「ソフィー、君に私の妻になってほしい。私と結婚して貰えないだろうか」 ばたーん!! と蝶番が弾け飛ぶような勢いで扉が開く。 「きゃ…」 その音にソフィーが驚いて声をあげた。 ハウルが恐ろしい形相で立ちはだかっている。 「やぁハウル」 何とも呑気な声をかける王子の元までつかつかやってくると、ハウルは無理矢理その手を離させた。 「僕がいない時を狙って人の恋人を口説くとは、良い度胸だな!?」 怒り心頭といった様子のハウルに対して、王子の方は何処吹く風。 「君の目の前で口説いてもいいけれど、それではいい気分がしないだろう?」 「どっちでも同じだ!!」 ハウルは二人の間に割って入ろうとしていたソフィーを抱きしめた。 「ソフィーは僕のものだ。一切手出しはしないで貰おう」 「それはどうかな? 君たちはまだ結婚している訳でもないのだし、自分のものだと言い切るにはまだ早いと思うよ」 「……っ、な、にを……!!」 王子は気がついていないようだったが、ソフィーは辺りがだんだんと暗くなってきているのに気がついて慌てふためいていた。 このままではハウルが癇癪を起こして、またねばねばを出しかねない。 危険を感じ取ったソフィーは、慌ててハウルの前に立った。 「き、今日の処は疲れたのでもう休ませて貰います。お話は、また明日にでも!」 「ソフィー、邪魔をするな!」 ソフィーを押しのけてくってかかろうとするハウルをソフィーは身体全体で何とか押さえ込み、どう見ても取り繕っている状態にしか見えないが笑顔を王子へと向ける。 「……今日の処はそうさせて貰おう。返事は急がない。ゆっくりと考えておくれ」 王子はそう告げると、そのまま部屋を出ていく。 ぱたん、と扉が閉じられると、ソフィーはようやくはぁ〜〜、と息をついてハウルを押さえていた力を抜いた。 「何で止めるんだ、ソフィー!!」 王子へとぶつけられなかった怒りは、今度はソフィーへと向けられた。 「落ち着いて、ハウル」 「これが落ち着いていられると思う!? あいつは本気でソフィーを奪うつもりなんだぞ!!」 相当頭に来ているのか、ハウルは早口でまくし立てる。 「だから、話を聞いてってば」 「周りの皆もソフィーのことを王子の花嫁候補として見てるんだぞ。そんなの耐えられる訳ないじゃないか!!」 ―――とりあえず黙らせなければ会話は成り立たない。 ソフィーは思い切ってハウルの首に腕を回して、彼を引き寄せた。 そのまま顔を近づけて勢いで唇をハウルのそれに押しつける。 「………!」 ソフィーがそういう行動に出ると思っていなかったハウルは、さすがに言葉を失って硬直した。 ハウルがおとなしくなったのを確認してそっと唇を離す。 先ほどまでの勢いは何処へやら、ハウルはじっとソフィーを見つめていた。 「……ハウルはあたしの気持ち、知ってるでしょ?」 地下牢で交わした言葉は忘れるはずもない。 ハウルは言葉無くこっくりと頷いてみせた。 「周りがどう思おうと、どう言おうと、あたしはあなたが一番好き。……それじゃだめなの?」 「………」 ソフィーの気持ちは分かる。 でも。 「……不安、なんだ……」 それがハウルの正直な気持ちだった。 「……君がどんなに僕のことを愛してくれていても、無理矢理引き離されるんじゃないかって……」 ハウルはソフィーの体を抱きしめた。 「もう独りだった頃には戻れないよ……君を失ったら狂うしかない…」 ―――どんなに共にいたいと願っても、周りがそれを許さない。 何とかして引き離そうとする力にいつまで抗い続けられるだろう? 泣きそうな声で囁くハウルの背を、ソフィーは優しく撫でた。 「もし引き離されても必ずあなたの処へと帰るわ。約束する」 「…………」 「あら、信じてないの? あたしはあなたとカルシファーの契約を見抜くことが出来たくらいなのよ? 何だって出来るわ」 「………うん」 ハウルはソフィーの背に回した腕に力を込めた。 「大丈夫……そんなに不安がらないで」 いつもならこれで機嫌を直してすぐに元気になるというのに、今日はどうも勝手が違う。 それだけ、王子の言葉が衝撃的だったのかもしれない。 痛いくらいに抱きしめてくるハウルのぬくもりを感じながら、ソフィーは何度もハウルの背を撫でていた。 |