ロンド
交錯の回旋曲

その19








王子が部屋へ現れたのは、もう陽もかなり上ってから。

身辺警護のためという理由で部屋から出して貰えず、半ば軟禁状態になっていたハウルとソフィー―――特にハウルは、すこぶる機嫌が悪かった。

「一体これはどういうことだ?」

王子が部屋に入った途端厳しい口調で告げたハウルに、王子は深々と頭を垂れた。

「本当にすまない。申し訳ないと思っている」

そんな真摯な態度にもハウルはほだされることなく、厳しい言葉を投げかける。

「身辺警護、なんてご大層なことを言っているが、これじゃ監禁されてるも同然じゃないか!」

外には見張りの兵もおり、ちょっとでも何か行動を起こそうものなら兵士がすぐにこの部屋になだれ込んでくるだろう。

「……これは本当にソフィーを守るためなんだ。私たちには君のような魔力はない……こうするのが精一杯なんだよ」

くいくい、とソフィーがハウルの袖を引っ張る。

「カブに怒ったって仕方ないでしょう?」

「…………」

ここで王子に愚痴ったところで事態は好転しない。

それはハウルも良く分かっていたため、まだまだ言いたいことはあるもののそれを全部呑み込む。

代わりに思い切り王子を睨み付けて、ハウルは苛立たしげに髪をかきあげた。

「……はっきりと銃で狙われたにも関わらず『何も分からない』ですませたりしないだろうな?」

王子は少し考えてから頷いた。

「……推測、という形で良ければ、話すよ」

ということは、まだ証拠や裏付けが出来ていないのだろう。

「こんな大騒ぎになっているのに、まだ推測の段階か?」

「手厳しいな……そう言われても仕方ないと思っているけど」

「推測でいいじゃない。話してもらいましょうよ」

ソフィーが言うと、ハウルはようやく頷いた。

ハウルとソフィーが並んで座った前に、王子が腰掛ける。

「一体今、何が起こっているの…?」

問いかけると、王子はゆっくりと口を開いた――――










「今この国は表向き問題ないことになっている。だけど実際、水面下では王位継承問題で揺れてるんだ」

「王位継承問題?」

「勿論今の第一継承権保有者は私だ。だが私がいなかった間―――呪いによってカカシにされていた間は、第一継承権は叔父に移ってたんだよ」

「……そういうことだったのか」

それでハウルはすべてを悟ったらしかった。

「なに? どういうこと、ハウル?」

まだよく事情を飲み込めないソフィーは、ハウルに視線を向けた。

「つまり、カブがいなかった間は叔父さんとやらが第一継承権を持っていた。だけどカブが帰ってきたために、その叔父は次期国王になれなくなってしまったってことだよ」

「うん」

「ということはだ、カブがもう一度いなくなればその叔父さんに継承権が移る……ということになる」

―――王位争いなんてお話や遠い国での出来事だとばかり思っていた。

だがここでは実際にそんな問題が起こっていて、王子はその渦中にいる。

「ソフィーの身辺で起こっている事件も私がらみだと思う」

ハウルの言葉に王子が付け足した。

「私がソフィーを花嫁にしたがっているのは皆知っていることだからね。最初はソフィーを人質にすることで、私に継承権を放棄するよう脅しをかけるつもりだったのだろうが……私が王宮に君を連れてきたことで、向こうもなりふり構わなくなってきているようだ」

「じゃ…私を殺そうとしているのは…?」

自分が王子の正妃となっているならともかく、花嫁候補にも挙がっていない状態で殺したとしても何の得にもならないはずなのに。

それに対する答えはハウルが答えてくれた。

「その罪をカブになすりつけようとしているか……もしくはその責任を負わせて失脚させようとしているか。その辺りだろう。」

―――ということは、自分は知らないうちにとんでもない政略事件に巻き込まれていたということか。

(……裏を返せば、それだけカブ……王子にとって、あたしは重要な存在になっているって言うこと……よね)

ソフィーにとってはそちらの方が重要だった。

今ハウルはソフィーの命が狙われたということに気を取られているが、それが落ち着いたらまた騒ぎ出すに違いない。

「そこまで分かってるならその叔父を問いつめられるだろうに。手ぬるいな」

憮然とした調子で言うハウルに、王子は首を横に振った。

「言っただろう? これは全部推測なんだ―――証拠がない。叔父も戻ってきた私に対してはとても優しく接してくれているし……正直信じられないんだ。あの叔父が私を失脚させようと画策するだろうか……と」

「本人はそうでなくても周りがそうし向けてるという可能性だってある。どっちにせよソフィーが狙われているということに変わりはない」

そこまで言うとハウルは立ち上がった。

「ハウル?」

「城へ戻ろう。城にいればカルシファーがソフィーを守ってくれる……この王宮よりもずっと安全だ」

「ハウル、待ってくれ」

王子が同じように立ち上がってハウルを制した。

「今王宮を出ることは出来ないよ」

「どうして」

「どんな理由があるにせよソフィーが銃で狙われた以上、その原因がはっきり分かるまでここにとどまってもらわなきゃいけないんだ。色々と聞きたいことも出てくるだろうし……」

案の定、ハウルは苛立ったように声を荒立てた。

「何を聞くっていうんだ! そっちの都合で命を狙われたってのに、こんな危ない処にいられる訳ないだろう!!」

「今、君の国と私の国は建前上交戦状態にあることを忘れないで……下手に脱出しようとしたら、スパイ容疑がかけられるよ」

「………!!」

言葉を失ったハウルががっくりとソファに座り込む。

そんなハウルを宥めるように肩をそっと持ってから、ソフィーは王子を見上げた。

「あたし達はここにいるしかないのね?」

「そういうことになる……出来るだけ早く国に戻れるようにするけれど、最終的な判断は国王が下すことになるから……」

そこらは確信が持てないのか、王子は言葉を濁す。

王子という立場はソフィーが考えている以上に、微妙な立場らしい。

時間が来ればいずれは絶対的な権限を持つのだろうが、今はそこまでの権力もなく命を狙われ、自分が本当に大切なものを自分の手で守ることもままならない。

彼の苦悩が分かるような気がして、ソフィーはそれ以上王子を責めることが出来なかった。

「……あたしは大丈夫。だから早く事件を解決出来るように頑張って。ね?」

元気づけようと王子の手をとってソフィーは立ち上がった。

その手をぎゅっと握ると王子はようやく笑みを浮かべた。

「……ありがとう、ソフィー」

王子はそっとソフィーの頬にキスを落とし、そのまま去っていく。

ソフィーはそれを見送って――――いきなり腕を引っ張られて声をあげた。

「きゃ…」

ソファに座ったハウルに抱き込まれ、ソフィーは目をぱちくりさせた。

じっとソフィーを睨み付けてくるハウルを見つめ返し、ソフィーは「あの…」と声をかけた。

「………キスした」

先ほどの頬へのキスを言っているのだろう。

「あ、あれは親愛のキスよ……よくおばあちゃんにもするでしょ?」

「本気でそう思ってる?」

「…………」

と言われると返せない。

王子としては本当は唇へのキスをしたいところだが、ハウルの手前頬にしただけだろうことはソフィーにも分かったから。

「……こうなったら早く犯人を見つけてここからとっとと帰ろう」

そう言うなり、ハウルはソフィーの唇に軽くキスを落として立ち上がった。

「ソフィーは部屋から出ないようにね。結界を張っておくから部屋から出なければ大丈夫」

ハウルは自分の指に歯を立てて噛み切った。

「ハウル…!」

驚くソフィーを制し、ハウルは流れ出る血で床に魔法陣を描き始めた。

「この魔法陣のなかに入っていて。僕の魔力を注いであるからサリマン先生の攻撃にだって耐えられる」

魔法陣が完成した途端、血文字が光り輝き始めた。

「カブに任せきりにしておく訳にはいかない。僕も色々探ってみるよ」

「ハウルも行くの?」

「この王宮にいつまでもいる訳にいかないだろう?」

―――何となくハウルの言葉に焦りを感じて、ソフィーは首を傾げた。

「……万が一ソフィーが心変わりしたら嫌だし」

それだけ言うと、ハウルは窓を開けた。

「ハウルっ…」

「魔法陣から出ちゃ駄目だよ」

そのまま窓を乗り越えてすっとハウルが下へと飛び降りる。

後には目をぱちくりさせるソフィーが残されるばかりだった。

「……ったくもぉ…」

ソフィーはため息をついた。

「本当に子供なんだから……」

いつもならハウルの子供じみた言動は一笑に付すところだが、そんな気分になれなかった。

今はそんな風に言い切ってしまえない。

「……大丈夫よ、あたしは側にいるから。何度でも言ってあげる」

包み込んであげたい―――今のソフィーを満たしているのはそんな気持ちだった。











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