ロンド
交錯の回旋曲
その21
魔力を感じる方へと歩いていたハウルはふと足を止めた。 「どうなさいました?」 歩みを止めたハウルを女官が振り返る。 だがそれには答えず、ハウルは何かを探るように視線を巡らせた。 (―――行く先に何かある) 後数歩踏み出した処に何かある。 寸前でそれに気がついてハウルは足を止めたのだ。 「……これ以上僕は行かない方が良さそうだ」 「どうしてですか? 魔法使い達に会いたいと言われたのはハウル様ですのに」 「それは―――」 「ハウル――――!!」 背後から王子の声が聞こえて来る。 ハウルははっと振り返った。 王子がこちらの方へと走ってくるのが見える。 「そっちは罠だ、魔封じの陣が敷かれているぞ!!」 その途端女官の姿に変化が現れ始めた。 「―――もう少しでしたのに……」 腕に鱗が生え棘が現れて、服がそれに耐えきれず破れていく。 見る間に異形の怪物へと変化していく彼女を、ハウルは冷静に見つめていた。 「……兵器に変えられた、哀れな魔法使いか……」 あの戦争の時に良く見かけた、生物兵器たち。 目の前の女官も(彼女の意志かどうかは知らないが)その兵器だったのだ。 ここまで体が変化してしまっていると言うことは、もう人間の姿には戻れない。 人間の心も残っていないだろう。 「―――私がやる」 ハウルの前に王子が立った。 こうなる事を予測していたのか抜き身の長剣を握りしめている。 「私の大切な臣下がこうなる事を止められなかった事は、父の責任とともに私の責任だ。私が始末をつける」 「分かった」 王子の意を尊重してハウルは一歩下がった。 「………すまない」 王子は一言それだけ言うと、まだ変身しきっていない彼女の体を肩口から一気に切り裂いた。 「―――――……!!」 真っ赤な血が噴き出してくるのを一歩下がって避ける。 「ぐおおおお……」 咆吼をあげ血をまき散らしながら、女官だった怪物はその場に倒れ伏した。 「とどめを刺してやれ。その方が苦しまない」 ハウルが声をかけると王子は唇を噛みしめて頷いた。 ぴくぴくと痙攣する体の、心臓めがけて最後のとどめを刺す。 言葉にならない悲鳴が辺りに響き渡った。 体が動かなくなったのを確認してから王子はハウルに振り返った。 「―――クーデターが起こった」 「クーデター!?」 いきなりな言葉にさすがのハウルも声を裏返らせた。 「王が毒を盛られた。その首謀者が私になっている―――叔父に肩入れしていた大臣が、ずっと前から計画していた事らしい」 「あいつか……」 謁見の時に鋭い視線を向けていた男。あれが首謀したに違いない。 「ソフィーも奴らの手に落ちた」 あの魔法陣は魔法や術、人ならざるものの侵入の防御は完璧だが、魔力を持たない者たちが押し入るのまでは防げない。 恐らく無理矢理連れて行かれたのだろう。 ハウルはぎゅ、と拳を握りしめた。 「カブ、この先に強い魔力を感じる。魔法使いたちがいるのか?」 いきなり話を振られて戸惑いながらも王子は答えた。 「モリガンがいる。稀代の魔法使いと呼ばれたサリマンや君ほどではないけどそれ相応の力を持つ魔女で、我が国の筆頭魔法使いだ」 「その人に会いに行こう」 「え!?」 歩き出したハウルは、事情が呑み込めていない王子が立ち止まったままなのに気がついて振り返った。 「行くぞ! 早くしなければソフィーが危ない!」 「あ、ああ……ってそっちは魔封じの罠が……」 「この程度で封じられるほどやわじゃない」 廊下を歩き続けると段々と周りの魔力が濃くなり、ハウルを圧迫してくるのが分かった。 長い間呪いをかけられていたためか、そういう魔力に聡くなっている王子も気がついたらしくしきりと辺りを気にしている。 ここらの廊下全体に魔封じの罠が仕掛けられているらしい―――ということは、この廊下を抜ければ罠が仕掛けられた場所は抜けたということになる。 「大丈夫か、ハウル」 「…………」 ハウルの力を押さえつけようと仕掛けられた罠が圧迫してくる。 いくら格下の魔法使いが仕掛けた罠とはいえど、それを跳ね返し続けるのにはかなりの精神力を必要とする。 今話しかけられても返事を返す余裕はなかった。 「――もうすぐ抜けるぞ!」 その廊下を曲がった途端。 ふっ……と感じていた重荷が消え失せた。 「ハウル、平気か?」 心配そうに覗き込んでくる王子から腕が見えないように体をずらし、ハウルは厳しい顔を向けた。 「平気だ、すぐ行こう……案内してくれ」 不自然な様子に首を傾げつつも、今は追求している場合ではないと思ったのか、王子は「こっちだ」と指し示して歩き出す。 それからやや遅れるようにしてハウルも歩き出した。 ―――先ほど王子の視線から隠したハウルの右腕には、黒い鱗と棘がびっしりと生えていた。 |