ロンド
交錯の回旋曲
その24
「お待ちしておりました、殿下」 謁見の間―――前に訪れた時には国王が座っていたはずの玉座には、今別の人物が座っていた。 どことなく国王に面立ちは似ているが、毒気がない。 「―――叔父上」 王子が呼びかけても返事がない。 反対に答えたのは、玉座の隣に立つ大臣の方だった。 「呼びかけても無駄ですぞ。この期に及んで国王に謝りたいと言いだされたので、しばし眠って貰っておる処です」 ぐったりと椅子にもたれかかる王弟は、目を開けてはいるものの反応が全くない。 術によって意識はあっても動きを封じられているのだろう。 大臣とは反対側に立つ魔女の仕業に違いなかった。 右腕を抱きかかえるようにしつつ、ハウルは冷静に目の前の魔女を見つめた。 「―――またお目にかかったわね、闇の魔王ハウル」 その女性はあの砦で出会った魔女。 「おまえがヴァネッサか……」 ―――あの砦で見た時と、雰囲気が違う。 (―――まさか…!) あの時は周りに人が多くいたために"隠していた"に違いない。 自分もあの砦から逃げることばかりを考えていて、それ以上深く考えようとしなかったのもあるだろう。 あの時感じたものが何であったのかを知って、ハウルは息を呑んだ。 「―――おまえ……人間じゃないな……」 「え!?」 その言葉に王子が驚いたように声をあげた。 「ヴァネッサの姿を借りているだけだ……いや、もしかしたら彼女の心臓が中にあるのかもしれないが。その正体は、悪魔だ……カルシファーよりもずっと以前から生きていた悪魔だろう」 数年間とはいえど悪魔と契約をしていたハウルは、そういう感覚に敏感になっている。 だがおかしいとは思っても結局それを見破ることが出来なかったのだ―――それだけ強い力を持つ、ということに他ならない。 「前に使っていた心臓が駄目になってしまったところにちょうどこの魔女が現れたの。……でも駄目ねぇ、元々の素材が良くないと力を思ったように発揮出来ないわ」 魔女―――悪魔はまっすぐにハウルを見つめている。 「あなたの心臓を頂くわ。稀に見る逸材というのは、悪魔の力を取り込めてしまえるほどの才能から見ても明らかだし……あなたの心臓を得れば、きっとこの世界で私に敵う者はいなくなるわね」 「―――……」 ちりちり、と肌が焼けるような感覚を感じて、ハウルは腕を押さえた。 「若い悪魔と手を切ってまだ日が経たないせいでしょうねぇ。私の力に感化されて、力が暴走し始めている」 (力が押さえられなくなってきているのは、目の前の悪魔の力に同調し始めているせいか……!) ちょっとでも気を抜くと、力に呼応して体が変化を始めてしまうだろう。 今のハウルは力を押さえ込むので精一杯だった。 窮地に陥っているハウルの前に王子が立ち、魔女の姿をした悪魔をきっと見据えた。 「悪魔であろうが何だろうが、私の国を荒らすことは許さない」 抜き身の剣を向けられた大臣がひっと息を呑んで玉座の後ろへと隠れる。 だが悪魔がそれで動じるはずもない。 「王子はどうでもいいわ――でも生きていられたら困ると言う話だし、先に死んで貰った方がいいかしら?」 後半の台詞は玉座の後ろに隠れている大臣へと向けられたものだった。 「さっさと殺してくれ! あんたの力を持ってすれば造作もないことだろう!」 「―――だそうよ、気の毒だけど」 す…っと悪魔の手が王子へと向けられる。 そのままその手はすっと下へとおろされた。 「……!?」 だが、王子には何も起こらなかった。 てっきり首でも折れるかと覚悟をしていた王子は自分の体を見回し――そして自分の背後にいるハウルに視線を向けた。 「……ハウル……!」 ハウルによって魔法が遮られたのだと悟った悪魔の表情が険しくなっていく。 「……ぐ…っ…」 ハウルの体のあちこちから棘や羽根が生え始める。 背からは翼が生え、足は鳥が持つそれへと変化していく。 「ハウル!」 「そんな状態で魔法を使うからよ―――自分のなかの力に耐えられなくなったんでしょうよ!」 王子の見ている前で、ハウルは大きな鳥の化け物へと変化を遂げた。 あのすらっとした肢体を持つハウルの面影は、どこにもない。 「グアアアア…!!」 見る間に異形のモノへと変化したハウルが、突然唸り声を上げる。 「ひいい…!」 地を震わせるような咆哮に、大臣はますます悲鳴を上げて玉座の後ろで小さく縮こまった。 そして。 ハウルはいきなり翼を羽ばたかせて舞い上がった。 天井高くまで舞い上がったハウルに悪魔が勝ち誇った声を上げる。 「逃げようったって無駄よ、この部屋は既に私の結界によって支配されているのだからね!」 だが、ハウルは外に向かおうとはしなかった。 そのまままっすぐに急降下を始める。 その先にいるのは、悪魔。 「―――…な…にを…!」 ハウルが何をしようとしているのかを悪魔が悟った時には、既に遅かった。 鋭く尖った爪が、悪魔の胸―――ちょうど心臓がある辺りを深く抉る。 心臓を抉られたとたん、悪魔はまるで時を止められたかのように動きを止めてしまった。 「―――……」 かすかにその口元が動いたが、それが最後だった。 手や足の先から、悪魔の体が塵や煤のようになって崩れだしていく。 ハウルが翼をはためかせて床へと降り立った時には、悪魔の体は床の上で砂のようになっているばかりだった。 「………あ…」 辺りに満ちていた、不快感がすうっと消え去る。 「悪魔の結界が解けたのか……」 王子はほっと息をついた。 と同時にハウルの体からも羽根が飛び散っていく。 ―――その後に立つのは、元のハウルの姿。 だが、その表情は決して明るいものではなく―――苦悶に満ちていた。 「―――ハウル」 声をかけづらく思いつつも王子が呼ぶと、ハウルははっと我に返ったように王子へと視線を向けた。 「……ソフィーを、助けなきゃ……」 思ったよりも元気そうな声にほっと息をつき、王子は逃げようとしている大臣へと目を向けた。 「ソフィーはおそらく別棟の牢の中だ。私は大臣を捕まえなきゃいけない……ソフィーの所へ行ってくれ」 本当ならば自分が助けに行きたいところだが、今回の出来事がハウルによって決着がついたのだし。 王子としては最大の譲歩をしたつもりだった。 ―――それをハウルが感づくとは思ってはいなかったが。 「…………」 王子の言葉に礼を返すこともなく、ハウルは歩き出す。 その後ろ姿が何となくおかしい―――覇気がないというのか、疲れ切っているというのか。 「殿下!」 王子を呼ぶ声がする。 ひとまずハウルのことは横において、王子は後始末をするために臣下の方へと向き直った。 |