ロンド
交錯の回旋曲
その25
言われた通り、牢は王宮とは別の棟にあった。 兵士たちの訓練場のような建物の奥にその牢はあり、今はクーデター騒ぎのせいか誰もいなかった。 (―――……く…) まだ体のなかでカルシファーの力が暴れている。 引きずられるように魔力を解放してしまったが、その時間が短かったこともあってか何とか押さえ込むことには成功したものの、静まるまでにはまだ時がかかりそうだった。 おまけにソフィーのことが心配でかなり精神的に不安定になっているのが拍車をかける。 「ソフィー!」 外から声をかけるが返事は返らない。 ハウルは躊躇うことなく、牢がある建物のなかへと踏み込んだ。 さすがにこの国の中心に位置する土地内に作られた牢だからか、前に入れられた砦の地下牢よりは造りがいい。 とはいえど所詮は牢。石で作られた壁や床は冷たく、気分のいいものではない。 「ソフィー!」 ソフィーの気配はするものの、何かが邪魔してうまく位置を把握出来ない。 ハウルはソフィーの名を呼びながら沢山ある牢を一つ一つ確認して回っていた。 「……ハウル…?」 小さな声が微かに聞こえ、ハウルはその声が聞こえた一番奥の牢へと足を向けた。 「ソフィー…」 一番奥の牢にソフィーはいた。 逃げ出せないように手首には手錠がかけられ、片足首には太い鎖がつながれている。 「すぐ、出してあげる」 途端にソフィーは首を横に振った。 「入っちゃだめ!!」 だが気が急いているハウルはその言葉を無視して、手をかざして鍵を開けた。 「ハウル!!」 扉を開けてハウルが中へと一歩踏み込んだ途端。 床に描かれた絵が光を放った。 「……っ、く…!!」 体に異常を感じ、ハウルはその場に崩れ落ちた。 辺りが暗くなり、闇の精霊たちが呼び出されてハウルの周りに集まり始める。 「ハウル!!」 ハウルに近づきたくても足にはめられた鎖が邪魔をして近づけない。 ソフィーはただ苦しむハウルを見ているしか出来なかった。 (―――あの悪魔、ここにまで罠を仕掛けておいたなんて…!!) 魔法陣から呼び出されてくる闇の精霊たちが自分を取り囲む。 ただ呼び出されただけの精霊たちは何をするでもなく自分を見つめているだけ。 だが魔力が不安定な状態の自分にとっては致命的だった。 「う…ぐ、…」 ハウルの体が変化を始めていた。 精霊たちの気配に感化されて、カルシファーの力が膨れ上がり始めている。 一度悪魔の力に同調してしまった以上、その誘惑に抗うのは難しい。 完全に異形のモノと化してしまったら、ハウルの意識を保つのが難しくなってしまう。 本当に闇の魔王となってしまうかもしれない。 (だ、めだ―――押さえられない……) 「ハウル……」 ソフィーの目の前には黒い羽毛で覆われた鳥の化け物がいた。 じっとソフィーを窺って動かない。 果たしてハウルの意識が残っているのかどうか? ―――と。 異形の者が、ソフィーへと近づいて来た。 すれすれまで近づいて覗き込んできても、ソフィーはただじっとハウルを見つめていた。 「……ハウル…」 ソフィーはつながれたままの腕を差し上げて、ハウルの羽根にそっと触れた。 「言ったわよね……あなたが化け物でも何でも構わない、って」 低いうなり声をあげているそれにそっともたれかかる。 「お城に帰ろう。みんなあたし達の帰りを待っているわ……」 おとなしくしていたハウルだったが、低くうなりつつ鋭い爪のついた指をソフィーへと向けた。 その指がソフィーの首にかかる。 鋭い爪が喉元に食い込むのを感じても、ソフィーはハウルに身をもたれかけさせたままだった。 「これからもずーっと一緒にいるわ……あなたのそばにいる」 「………」 ソフィーの声が聞こえたのだろうか。 ハウルの指の力が緩み、ソフィーの首から離れていく。 そのまま体を離そうとしたハウルの羽根を、ソフィーは掴んだ。 「駄目」 立ち上がり、羽根をかき分ける。 ―――前はまだ人間の表情を残していたはずの顔も、今は異形のものとなり果ててしまっている。 「行かないで、ハウル……あたしのそばに、いて」 ソフィーは精一杯の微笑みを浮かべてそっと口づけを落とした。 「ハウル―――大好きよ…」 |