ロンド
交錯の回旋曲
その27
二人を見つけてくれたのは王子だった。 いつまでも帰ってこないハウルに気を揉んで、こうしてわざわざ探しに来たのだが―――。 ソフィーの膝枕で寝こけているハウルを見て、王子は苦笑を漏らした。 「何というか……ハウルらしい」 まだソフィーの手には手錠がかかったままだというのに。 よほど消耗していたという事なんだろう。 「凄く疲れてるみたいだから、少し眠らせてあげた方がいいって思ったの。彼を責めないでね」 そうソフィーに言われては王子もそれ以上は何も言えなくなる。 「分かったよ。でもまずはその戒めを解かなければね」 王子はソフィーの手を取ると持ってきた鍵で手錠を外し、足にはまっていた鎖を解いた。 「これで大丈夫。……ちょっと痕になっているね」 手首が微かに赤くなっている―――だがこの程度ならすぐに消えるだろう。 「平気よ。この程度ならすぐに消えるから……」 王子がソフィーの手をそっと取った。 「本当に済まなかった。私が君を好きになったばかりに、君には色々と迷惑をかけてしまった」 心底申し訳なさそうにソフィーの手をとったまま頭を下げる王子に、ソフィーは首を横に振った。 「確かに色々あったけど、こうしてあたしもハウルもカブも無事なんだし……それで良しとしましょ?」 「ソフィー…」 「終わった事を愚痴っても仕方ないもの。こうして会えて良かったって思えば、思い出す時に良い思い出として思い出せるわ」 ソフィーとしては今回の事をかなり気に病んでいそうな王子への慰めも含んだ言葉だった。 もちろん腹がたつようなこともあるにはあったが―――それがすべて彼のせいという訳ではない。 彼とて巻き込まれてしまった被害者なのだから。 彼を責めるよりは少しでも良かったことを探した方がいい。 ハウルの城で暮らすようになったソフィーが、毎日起こる色んな出来事から学んだのがそれだった。 「ありがとうソフィー……やはり君は素敵な人だ。私の目に狂いはなかった」 その言葉に妙に感動したらしい王子がぎゅ、と手を握りしめてくる。 ―――その力の強さから彼が本気だということと現在進行形で求婚をされている立場であったことを否が応でも思い出さされる。 「……あ、の……」 まさか返事をせずに帰る訳にもいかないだろう。 「その、求婚の……返事なんだけど」 「うん」 王子はじっとソフィーを見つめている。 ―――じっと見つめられて頬が赤くなるのを感じつつ、ソフィーは口を開いた。 「あの…カブのことは嫌いじゃない…んだけど、その……比べちゃいけないと思うんだけど、……あたしは、ハウルの方が好きなの」 王子は特に表情を変えるでもなくじっと聞いている。 「だから……求婚は受けられません……ごめんなさい…」 手を繋いだまま頭を下げる。 言わなきゃ、とは思っていたが本人を目の前にして言うのはやはり勇気がいる。 どんな言葉を言うだろう……とどきどきしながら待っていたソフィーの耳に、苦笑混じりの王子の声が聞こえて来た。 「そんなに恐縮しなくていいよ。君がハウルを好きなのは良く分かっている……それを承知の上で求婚してるんだからね」 「……ごめんなさい…」 申し訳ない、という気持ちと共にソフィーはどこかほっとした気持ちを感じていた。 ―――カブにはもっと似合いの相手が他にいるはずだもの、ね。 「ソフィーは」 突然そんな言葉を投げかけられて、ソフィーは逸れかけた視線を慌てて王子へと戻した。 「私のことを嫌いではない、と言ったけど……それは好き、という風にとればいいのかな?」 「え……」 「好きにも色んな形があるだろう。友愛の好きや恋愛の好き、家族愛の好き……その中のどれかだと思えばいいんだろうか?」 「あ……そ、そうね……そうなる、と思う……」 ハウルを好きという気持ちとは違うが、そう言われれば王子も別の意味ではあるが好きには違いない。 マルクルが好き、おばあさんが好き、ヒンが好き、レティーが好き――――そんな感情と似ているかもしれない。 「それなら、まだ脈はあるね」 「……はい?」 王子が不適に微笑んだのに気がついて、思わず声を上げてしまう。 「友情から始まる恋ってのもあるからね。今はハウルのことしか見えないだろうが、その気持ちが永遠に続くとは限らない」 ―――かかしの時にもしつこくソフィーの後を追い回して(お礼をするためなんだろうが)いたが、それはやはりこの王子自身の性格なのだろう……何でも思い通りになる王子という境遇故か、持ってうまれた資質なのか? 「それをのんびりと待たせて貰うことにするよ」 「いえ、あの……いつになるか、なるかどうかも分からないものを待っても仕方ないと思うけど……」 「申し訳ないけど、いくらソフィーの言葉でもそれは聞き入れられないな。私は諦めが悪い性格なのでね」 すっ…と腕を引っ張られる。 「きゃ…」 引き寄せられた―――と思った次には、ソフィーは唇を塞がれていた。 さて。 ハウルは先ほどからあまりの体力、精神力の消耗故にソフィーの膝を枕にして眠り込んでいる状態である。 その彼女が王子によって引き寄せられた―――ということは。 当然ソフィーは中腰になる。 結果。 「いたっ」 寝ていたハウルはごん、と石畳に頭を打ち付けて声をあげた。 「あ……」 「ハ…ハウル、大丈夫?」 眠りを妨げられた上痛い思いをしたハウルが不機嫌そうな顔で起きあがる。 そして王子がソフィーの手を握っているのを見てますます不機嫌そうな顔になった。 (よ、良かった―――! キスは見られてなかったみたい……!) この機嫌の状態でキスシーンを見られようものなら、ねばねばを出すこと確実だ。 「……あんたは本当に、人の見てない処でソフィーに手を出そうとすんだな……」 「そういう訳ではないんだけど、ついね」 悪びれた様子もなく答える王子にハウルの不機嫌は増すばかり。 「一度本当に痛い思いをして貰わなければならないようだな……!!」 「そちらがどうしてもというなら受けて立つよ? 私にもプライドはあるからね」 にらみ合う二人の間で様子を見ていたソフィーははぁ、とため息をついた。 「もう二人とも……まだやることはたくさんあるんだから、こんなことで喧嘩しないでよ」 「いや、重要なことだからここで一度はっきりさせておいた方がいい!」 ハウルが言い切ると、王子も売られた喧嘩は買うタイプなのか、唇を笑みの形に歪めた。 「そちらがそういうなら私に依存はないよ?」 ―――二人とも聞く耳を持たない。 なんだか腹が立ってきて、ソフィーはすっくと立ち上がった。 「……勝手にやってて。あたしは先に行ってるから」 ハウルと王子がえっ? とソフィーを見上げてくる。 「ちょ、ちょっと、ソフィー!?」 「あたしはこんな寒い処にいつまでもいたくないの。二人でいつまでも勝手にやってなさい」 1人牢から出て歩き出す。 「………」 「………」 後ろで二人が渋々ながらに立ち上がる気配がした。 (―――本当に二人とも、自分の気持ちばかり考えてあたしのことを全然考えてないんだから) 喧嘩をするのは勝手だが、後始末をするのはいつも自分。 二人がそれを分かってやっている―――訳もない。 (……胃が痛くなりそうだわ……) 城に帰るまでに自分の気力が持つかどうか心配になるソフィーであった。 |