ロンド
交錯の回旋曲
その29
旅立つ前。 ハウルとソフィーは謁見の間でもう一度国王と会っていた。 「今度はこのような事件なしに会いたいものだ。また遊びに来てくれるか?」 国王の問いかけにソフィーは「はい」と返事を返す。 遊びに来るくらいはいいだろう―――王子にはまた会いたいと思っているのだし。 と思っていたソフィーに、王子が「ソフィー」と声をかけてきた。 「はい?」 王子はにこやかな微笑みを浮かべている。 「今度は私から会いに行くよ。花束を持って…ね」 ―――不意打ちだ。 考えないように、触れないようにしていた部分を唐突に言われて、ソフィーの頬が赤くなる。 「言っておくけど、私は諦めが悪いので有名だから」 「…………」 王子は続けて、苦虫をかみつぶしたような表情になっているハウルに視線を向けた。 「ハウル。今回のことで力を貸してくれたことには感謝している」 「…………」 「だがソフィーのこととは別の話だ。必ず彼女を貰いに行くからね」 ―――よくハウルが怒鳴らなかったものだ、とソフィーは変な処で感心していた。 一応国王の手前、というのがあったらしい―――彼なりに少しずつ常識というものが分かって来ているのだろう。 「気をつけて帰りなさい。またいずれ、お目にかかろう」 王子の言葉に、ハウルはついに返事を返さずじまいだった。 「〜〜〜〜思い出しても腹の立つ!!」 王宮を出た途端、ハウルは今までの我慢の反動かソフィーに当たりまくっていた。 「だいたいソフィーもソフィーだよ!! はっきり来なくていいって言ってやれば良かったんだ!!」 「そんなこといえる訳ないでしょ! 仮にも向こうは王子様なのよ……下手に受け答えをして不敬罪に問われたらどうするの」 (大体あんなたくさん人がいる前でいえるはずないじゃないのよ……) ―――などと考えていたら頬が赤くなってきた。 それを不満そうに見ていたハウルがぴたり、と立ち止まる。 「それなら僕の求婚は受けてくれる?」 「え?」 ハウルはソフィーの手をぎゅっと握りしめると目を覗き込むように見つめてきた。 「ソフィー……結婚しよう。ずっと僕のそばにいてほしい」 真剣に見つめられると、さすがにこの頃は見慣れて来たとはいえど見目麗しいハウルの視線に恥ずかしくなる。 だが。 今のこのタイミングでの求婚は、甚だ疑問がある。 ハウルには子供じみた部分がまだまだ多く残っている。 「ハウル……今あなた、カブに対抗するために求婚しているでしょ?」 案の定。 「そうさ。あいつにソフィーを渡してなるもんか!」 (……やっぱりね…) やはり、ハウルに女心を理解しろというのには無理があったか。 (……あたしの気持ち、本当に分かってないんだからっ) ソフィーはこれ見よがしにため息をついてみせた。 「そんな気持ちで求婚されても受ける訳にはいかないわ」 「ええ!?」 ハウルとしてはてっきり受けて貰えると思っていたらしく、心底驚いたような顔になる。 「あなたのそばにはずっといてあげる。でももうちょっと考えて求婚してくれなきゃ、受けられないわね」 ハウルの手をすっとふりほどき、ソフィーはちょっと意地悪な笑みを浮かべて見せた。 「な、何が違うっていうんだよ!?」 「教えてあげない。自分で考えてね」 「ソフィ〜〜!!」 「さ、早く帰りましょ。カルシファー達が待ってるわよ」 歩き出したソフィーの後から、眉間にしわを寄せた状態のハウルがとぼとぼと歩き出す。 「………何が違うんだ、一体……?」 ハウルがそれを理解するのには、まだまだ時間がかかりそうだった。 す…と手をかざすと、水晶球のなかの景色が消え去る。 一部始終を見ていたサリマンは、大きなため息をついた。 「本当に困った子だこと…」 ソフィーと出会ってから、ハウルは確実に人の心を取り戻して来ている。 だがまだ力と精神のバランスがとれていないのも確か。 「―――あなたが望むと望まないに関わらず、時は迫ってきているのですよ、ハウル」 その時小姓がやってきて、サリマンの前に立ち一礼を返した。 「先生、総理大臣がお会いしたいと申しておりますが」 「分かりました。ここへ通しなさい」 「はい」 言づてを伝えるために歩き出す小姓を見送る。 何時来るか分からないと思っていたその日も、ソフィーという存在を得たおかげでそう遠くない未来へと変化した。 確実に、時は迫ってきている。 (あなたが私を追い抜く日が早く来るのを待っていますよ、ハウル……) 自分が望む方向へと進み出した未来に、サリマンは至福の笑みを浮かべた。 END |