そして誰もいなくなった
その2











「坊~~~~~!!!!」

湯婆婆の悲鳴のような声が響き渡る。

「坊~~~何処~~~~!!!?」

いつも坊に付き添っている筈の湯バードも恐れをなしてタンスの上で縮こまっている有様。

湯婆婆の部屋のなかは坊を探し回る湯婆婆によって足の踏み場もない程の荒らされようとなっていた。

「お…お呼びですか?」

呼び出された千尋は、部屋の入り口あたりでおずおずと声をかけた。

―――坊がいないから呼び出されたんだ……うわぁ、まずいとこに来ちゃったな……。

いつもは何処か高い処から見下ろすような口ぶりで話す湯婆婆も、息子のことになると途端に変貌する。

坊の一番のお気に入りが千尋であるため、湯婆婆もおいそれと千尋に手出しが出来なくなっているのだが、坊に何かあった時には真っ先に千尋が疑われる。

「……あのぅ…」

「来たね!!」

ようやく千尋の存在に気がついたか、湯婆婆がもの凄い勢いで千尋の前にやってくる。

「坊を何処へやった!? お前なら知ってるんだろう!!」

やっぱり。

内心溜息をつきながら、千尋は首を横に振った。

「私、昨日まで湯屋にいなかったんです。帰ってきたのは今日の昼ですから……一度も坊とは会ってません」

「嘘をお言い!!」

「本当です。坊がいなくなったのはいつからですか?」

反対に問われて、湯婆婆ははたと考えるように押し黙った。

「昨日はあたしも出かけてたからね……昨日の昼まではいたのを確認したけど、今日帰ってきてみたらいなくなってたんだよ」

「銭婆のおばあちゃんの処に行ってるんじゃ……」

ぎらり、と睨まれて千尋は首をすくめた。

どうにもあの双子は仲が悪く、そりが合わないらしい。

というよりも湯婆婆の方が一方的に嫌っているようだけど。

「……とにかく、私は坊が何処に行ったか知りません……それは本当なんです。信じて下さい」

じっと湯婆婆を見つめて、ハッキリと告げる。

「――なら、一体坊は何処へ行ったっていうんだい」

どうやら坊の失踪に千尋は関係ないと踏んだようだ。

が、今度はどう考えてもわかりっこない事を問うて来た。

―――相当追いつめられているらしい。

「それは分からない……けど」

「湯婆婆さま」

はっと振り向くと―――そこにはハクが立っていた。

「もうお客様が来られる時刻です。千を持ち場に戻らせませんと、仕事に支障が出ます」

いつまでも戻って来ない千尋を助ける為に、わざわざ出向いてくれたのだろう。

普通ならばこのくらいの時刻、ハクは見回りをしたり応対をしたりと忙しい時間の筈だ。

さすがに湯婆婆もこの世界では仕事をしなければならない、という掟を破ってまで坊の事を問いつめる事は出来ないらしい。

「ふん…仕方ないね。少しでも変わった事があったらすぐに知らせるんだよ!」

それだけ言うと湯婆婆は奥の部屋の方へと引っ込んでしまった。

湯婆婆がいなくなったのを確認して、千尋はほうと溜息をついた。

「ありがとハク。助かった」

「早く持ち場に戻った方がいい。早起きの客はもう起き出してたから」

「うん、分かった!」

ぱたぱたと駆けだしていく千尋の後ろ姿を見送っていたハクの表情が、みるみる厳しいものになる。

「……感じる」

何か強い魔力の流れを感じる。

だがその流れを追おうとしても、ここは湯婆婆の魔力が強く働きすぎてうまく軌跡を追うことが出来ない。

その上今は自分も仕事を中断させて来ている身で、長居が出来る訳でもない。

何か気になるものを感じつつも、ハクはきびすを返して歩き出した。









最後まで残っていた客も部屋に戻り、小湯女や従業員たちも皆片づけに入り始めている。

だが。

「……どうしたんだろ、リンさん…」

リンが戻って来ない。

すぐに戻る、というような口ぶりだったのにどうしたのだろう?

結局後かたづけが終わってもリンは戻って来なかった。










女部屋へと戻って来た千尋はあちこちにリンの行方を聞いて回ったが、誰もリンの事を知らなかった。

「どうしよう……」

「もしかしたら何か用があって何処か行ってるのかもしれないから、今晩様子を見てみようよ」

お姉様たちにそう慰められて、千尋は不安を抱えつつも「はい」と答えるしかなかった。

(―――リンさんが、黙っていなくなる筈ないのに……)





その夜は眠ったような眠っていないような、変な心地だった。














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