そして誰もいなくなった
その4








しーん…と妙な静けさが湯屋を包み込んでいる。

その中をハクと千尋は歩き回っていた。

「お客様もいなくなっているのかな……」

「全員が消えた、という訳ではなさそうだけど……今この時も次々と消えているのかもしれない」

怖くなってぎゅっとハクの手を握りしめると、ハクの方も強く握りしめてくれる。

その力の強さに少し安堵して、千尋は辺りを窺った。

突然、廊下の向こうの方で「ぎゃあ!」という悲鳴が聞こえて千尋は飛び上がった。

「あっちだ!」

ハクに促されるまま廊下を走り出す。

長い長い廊下を走って角を曲がる。

「!!」

お客の1人であろう牛鬼に、黒いものが覆い被さっている。

「千尋を襲ったものと同じか…!」

ハクは何やら早口で唱えるとその牛鬼めがけて手をつきだした。

その手から光が生まれ、一気に牛鬼もろとも黒いそれをつんざく。

―――あの時身体に走った衝撃はあれだったんだ。

千尋がそう納得して見ている前で、その黒いものはじゅうじゅうと音をたてて蒸発し、消えてしまった。

「しっかりしてください」

それが完全に消えたのを確認してからハクは牛鬼を揺さぶった。

「気を失ってるの?」

「命には別状なさそうだ」

ハクは牛鬼を手短な部屋のなかに放り込んで(仮にもお客なのだからもうちょっと丁寧に扱うべきなんじゃないかと千尋は思ったが口には出さないでおいた)、再び歩き出す。

「何処にいくの?」

この方向には登りのエレベータがある。

「湯婆婆に報告をしなければならない。経営者の指示を仰がねばね」

「分かった」

きっと坊が消えたのと関係あると湯婆婆は踏んでいるだろう。

だからといって原因がなんなのかまで分かっているのかどうか―――そこらはあまり宛にしないほうがいいかもしれない。

昼間の湯婆婆の様子を思い浮かべながら、千尋はそんなことを思っていた。












しーんと静まりかえった湯婆婆の部屋の扉をとんとん、とノックする。

だがいつもならば「お入り」という声がかかる筈が、何の言葉も返らなかった。

「……もしかして、湯婆婆まで?」

「―――中に入ってみよう」

おそるおそる部屋の中へと入る。

いくつもの廊下を曲がったところにある書斎には誰もいなかった。

「いない……」

静寂が耳に痛い。

千尋は落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回した。

ハクも辺りを見回していたが―――ふと一点に視点が定まった。

「……風が吹いている。こっちの方だ」

すっとハクが指さす方を見ると、そちら側にも部屋が続いていた。

「私、入ったことない処だ……」

今まで入ったことのない廊下を歩いていく―――と。

「来たのかい」

一番奥まった部屋で、湯婆婆が立っていた。

(――――?)

軽い違和感を感じてハクは立ち止まった。

「ハク?」

千尋が立ち止まったハクの袖を掴んで引っ張る。

「どうしたの?」

「ああ……何でもない」

気のせいだろうか―――?

「お前たちは無事だったんだねぇ」

ハクは首を振り、湯婆婆へと向き直った。

「―――従業員も客も次々と消えています」

「知ってるよ。坊が消えた時から色々調べてたからね……原因らしいのは何とか特定出来たんだが」

「―――それが、この部屋ですか」

ハクの問いかけに湯婆婆は頷いて、本棚の方へと手を向けた。

「あ…!」

本棚がすっと横に動き、そこに扉が現れる。

「こんな仕掛けがあるなんて思いもよらなかったよ」

扉の鍵は開いている―――前に誰かがここに入ったということだ。

扉を開けて入っていく湯婆婆の後に従って、ハクと千尋も歩いていく。

「この湯屋はおばあちゃんが作ったものじゃないんですか?」

「施設は作らせたものだけどねぇ。私も良く知らない処があるんだよ。空間がねじれてる処もあるからね」

石で出来た狭い階段を一段一段降りていく。

一歩一歩進むたび、階段に備え付けられているたいまつが自然と燃え上がり、行く先を照らしてくれた。

だが当然自然につくというのは有り得ないので、千尋はふるふると震えながらハクの腕にしがみついて歩いていた。

「ここが最下層らしいね」

かなり降りた処でようやく最下層にたどり着いたらしく、階段が終わった。

そのまま進んでいくと小部屋にたどり着き、湯婆婆はその扉をそっと開けた。









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