そして誰もいなくなった
その9









今の状況を千尋にかいつまんで説明をする。

みるみる千尋の表情が強張っていくのを見たくはなかったが、それをぐっと堪えてハクは銭婆が説明をするのを聞いていた。

「―――それでだ」

いよいよこれからやるべき事を説明する段階になって、千尋が「はい」と声を返す。

「奴らは魔女の契約印を奪いにこの沼の底へとやってくるだろう。その間にハクと千尋は湯屋へとお行き」

「え……湯屋へ?」

千尋はハクの方へと視線を向けた。

今湯屋は危険な場所となってしまった……と説明をされたばかりだというのに?

「――千尋が血を捧げたことであの亡霊達の封印が解けてしまった。それは分かるね?」

ハクが出来るだけ千尋が傷つかないように、と言葉を選んでくれているのが分かる。

自分があの封印の部屋で光る文字に血を滴らせたことは、実は封印を強めるためなどではなく、封印を解くためのものだった事はさっきの説明で分かった。

もの凄く後悔の念がわき出ていたがそれをハクに言っても仕方ない事だし、今自分がしなければならない事がある事も分かっていたので、千尋はただ「うん」と頷いた。

「もう一度あの封印をする為にも、千尋が必要なんだよ」

「え?」

いきなり必要、と言われてもさっぱり訳が分からず、千尋は声をあげてしまった。

「必要…って…?」

「もう一度、千尋の血で封印をし直すんだよ」

さすがにハクの口からは言いづらいと思ったのか、銭婆が変わって口にした。

「――やはり私は反対です……! やっと意識が戻ったばかりで動くこともままならない千尋に、もう一度血を捧げろなんて……!」

「待って」

ハクが言うのを制したのは、他ならぬ千尋だった。

「私のせいで封印が解かれちゃったんでしょ? だったら……私がしなきゃいけないんじゃないかな」

「だが……」

「そんなに沢山の血が要るの? おばあちゃん」

銭婆は首を横に振った。

「いいや。あの小部屋の文字が光っていると言っていたね? ならば封印の形はまだ残っている―――指の血で血印を施せば、十分封印出来る」

「…………」

まだ身を起こせない千尋はベッドに横たわったまま―――それでもしっかりと頷いた。

「なら、私やる。ちゃんと責任、とるよ」

―――ハクはそれでも、辛そうな顔をしてじっと千尋を見つめていた。














それから30分後。

千尋は血で汚れた水干から銭婆に貸して貰った服に着替えて、髪を手直ししていた。

「あまり無理をするでないよ。体力が戻った訳ではなく、術で動けるようになっているだけだからね」

銭婆の言葉に千尋は頷いた。

「うん、分かってる。ハクが一緒だから、大丈夫よ」

そのハクは扉の処に立っていた。

「――本当にいいのか、千尋……」

ハクの前へとやってくる千尋の顔色は良くない。

本来ならばまだ起きられる状態ではないのを、術によって何とか歩いているだけなのだ。

「大丈夫。ここにいても危ないんでしょ? だったらハクと一緒にいる」

千尋がぎゅっとハクの手を握りしめてくる。

―――その力の弱さに、千尋の体力が思った以上に落ちている事を感じずにはいられない。

ハクは千尋の手を包み込んだ。

「―――分かった。私がそなたを守るから、安心おし」

「うん。……頼りにしてるね」

今度こそ守らなければ―――自分の身と引き換えてでも。

ハクはそんな思いを秘めて、千尋の手を握りしめた。










銭婆が気配を消す術をかけてくれた為か、湯屋までは気づかれずに戻ってくる事が出来た。

駅まで辿り着いてそこから見上げた湯屋は―――千尋の目から見ても不気味な静けさと雰囲気を醸し出していた。

「……違う。いつもの湯屋じゃ……ない」

竜へと身を変えているハクがぐるる…と喉を鳴らす。

ハク竜の首に抱きついてぎゅっと抱きしめてから、千尋はその背に乗った。

「行こう。早くしないと銭婆のおばあちゃんまでやられちゃう」

千尋が乗ったのを確認してからハク竜が舞い上がる。

そのまま竜は上へ―――湯婆婆の部屋へと向かって飛んでいった。










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