ある日の油屋の一日
その2

7777HIT キリ番作品





ハクがそんな根回しをしたとは夢にも思わず、千尋は相変わらず元気よく働いていた。

しかし、いくら根回しが良くとも事件は起こる。


もうすぐ客も来るか、という時間になって。

なにやら上の階が賑やかなのが、湯殿で掃除をしていた千尋の耳にも入って来た。

「‥‥‥なんだろう?」

と思っているうち、その騒ぎは湯殿の中にまで伝わって来た。

よくよく耳をすますと「ボ―――ッ!」という湯婆婆の声も聞こえるような気がする。

‥‥‥いやな予感がする。



「セン――――!! 坊と遊ぼう!!」

予感、的中。

テストのヤマもこのくらい当たればもっと順位もよくなるだろうに。

現実逃避したいという気持ちが先にたってか、千尋はそんな事をぼーっと考えていた。

「千!!」

肩を揺さぶられてはっと我に返る。

坊が、小さな千尋の肩を揺さぶっている。

「坊‥‥‥あの、私今仕事の最中だから‥‥」

「ぼーう!! 駄目だよ、ここはバーバのお仕事の場所だよ!!」

坊の後ろに湯婆婆の姿を見つけ、千尋はもう一回現実逃避しかけて何とか意識をつなぎ止めた。

「ハクがいない今がチャンスなのに、千と遊べないなんて嫌だ!」

「じ、じゃあせめて仕事終わってからね? そしたら行ってあげるから‥‥」

「やだ! 今がいい。今遊びたいんだぁぁ!!!」

坊の声が湯殿の高い天井に響く。

「遊んでくれないなら泣いちゃうぞ。坊、ここで泣いちゃうぞ!」

泣きたいのはこっちだ。

坊に強く言えない湯婆婆が、坊の後ろから千尋に向かって睨みを利かせている。

「何とか適当に坊をあしらって上の階に戻すんだよ」という目である。

自分に一体どうしろと。

そう思っていた千尋は、湯殿の入り口でまた「わぁぁ」という声が響いたのに気がついてふっと視線を向けた。

湯婆婆がそちらを見て仰天している。

「おまえ‥‥カオナシじゃないか。何しに来たんだい!!」

そこには、真っ黒で、仮面をかぶったカオナシその人が立っていた。




重ねて言うが、泣きたいのはこっちだ。

千尋は坊に肩をつかまれながら、今度こそ現実から別世界に意識をトリップさせてしまった。








悲しいかな、千尋にいつまでも遠くの世界に行っている時間はなかった。

「千――――!!! 何で逃げるんだ―――!!!」

「あー」

気がつけば、千尋は油屋の中を全力疾走する羽目になっていた。

いつだったかカオナシに追っかけられた時もこんな風に油屋の中を疾走したものだが、あの時は銭婆の元にいくという目的があった。

今は、特にない。

そしてあの二人のどちらかに捕まれば、確実にヤバい。

何がヤバいのかはわからなかったが、とにかくヤバいという確信だけはあった。

しかし宛もなくただ走るのには限界がある。

暫く走るうち、千尋は息切れし始めて途中でぜいぜいと息をついた。

「セ――――――ン!!」

坊の声にぎょっと振り返ると、ちょうど坊が千尋めがけてタックルをかましてくるところだった。

「きゃ―――――!!」

悲鳴をあげて何とかそれをかわすと、たった今千尋がいたところに坊がどすんと落ちた。

いくら何でも、それはないだろう‥‥。

下手すれば、坊につぶされるところだった!

慌ててきびすを返し、だーっと逃げ出す。

坊はしたたかに打ち付けたお尻を撫でると、またすっくと立ち上がった。(今までハクにかなりいじめられたのでちょっとやそっとではへこたれなくなったらしい)

「千――――まて――――!」

待てと言われて待つほどお人よしじゃないのよ私はっ!!

そう思いつつ必死に走っていた千尋は、目の前にカオナシが立っているのに気がついてげっと青ざめた。

このままではぶつかる!!

そう思った瞬間、足がつるっと滑った。

「きゃ―――!!」

そのままつつ――――っとカオナシの横をあられもない姿で滑っていく。

千尋が正面衝突してくるとばかり思っていたカオナシは、びっくりした様子で後ろを振り返った。

「‥‥あー?」

その時にはすでに飛び起きた千尋がばたばたと全力疾走して去っていく後ろ姿が見えるばかりだった。






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