Boys are sensitive age
その2






それから数日後。

異世界にある、八百万の神々のための湯屋、油屋。

そこからもの凄い悲鳴が聞こえてきた。



「ギャ――――――!! な、ないっ! ないよっ!! 大切な、印がないよ!!!!」

油屋のてっぺんの部屋から、湯婆婆の絶叫が聞こえてくる。

従業員たちはさわらぬ神にたたりなしとばかりに震え上がり、誰も様子を見に行こうとはしない。

兄役、父役ですらそうだ。

その人混みをかきわけて、最上階へのエレベータへと乗り込む、1人の少年の姿。

「よ、よろしくお願いいたします。湯婆婆様を鎮められるのは、あなたしかおりませぬ」

父役の情けない声に少年は頷きを返すと、エレベータを閉じた。


黒髪を肩で切り揃え、きりっとした目元も涼しい、麗しい美少年。

今はその顔は苛々とした感情に支配されているが、笑えばきっと可愛く、そこらにいるお姉さんたちを一撃で悩殺出来るだろう。

むろん、こんな異世界にいるのだから彼も例外なく人間ではない。

そんな事を彼が知れば、別の意味でまわりを殺生してまわりそうだが。

ともかく、彼は苛々と最上階につくと、大きな扉を手も触れず開けた。



「湯婆婆さま。およびでしょうか」

少年の声に怒り心頭の湯婆婆は、その大きな目をぎょろつかせ少年にずかずかと近づいた。

「遅い! 何してたんだい、ハク!!」

「申し訳ありません。それで、用件は」

慇懃無礼に答える少年――――ハクに、湯婆婆は乱れた髪をなおしながら一枚の紙をハクの元へとよこした。

「またあの女だ。あの女‥‥‥いつも私の邪魔をする!!」

その紙は、銭婆からの手紙だった。

どうやら、湯婆婆が大切にしていた印を式神を使って盗んだらしい。

――――やれやれ、また喧嘩をしているのか。

内心、苦笑しながら手紙を読みすすめていたハクは、ぴくっ! と動きをとめた。

元々白い顔がより青ざめて、こめかみには青筋が浮いてたりする。

「‥‥なんなんですか、これは」

手紙を読み終えたハクの第一声は、地からわき出る閻魔大王とてそんな声は出さないだろうと思われるほどに、ひく――――い声だった。

怒っている。

激しく、深く、マグマのごとく、怒っている。

「読んでの通りだよ」

ハクは手紙を投げ捨て(良い子は人からの頂き物を捨てるなんて悪い事はしちゃいけません)湯婆婆に詰め寄った。

うち捨てられた手紙の最後には「千を使いによこさねば、印は渡さず」と書いてあった。

ハクが激怒するのも無理はない話である。

「ちひ‥‥千を使いによこすのが条件とは、どういう事ですか!!!」

「そんな事あたしが知るもんかい!!」

「また何かしたんでしょう!! でなければ銭婆がこのような事をするはずがない!! ましてや、元の世界に戻った千を呼び戻すなどと!!」

「あんた、このあたしに向かっていい度胸してるね、動物にされたいのかい!!」

「そんな事はどうでもいいんです(元々竜だしね)!! 心あたりはないんですか!!!」

「あるはずないだろ、このスットコドッコイ!!!」




湯婆婆とハクの罵声が部屋の中を飛び交う。

頭たちはすでにおそれをなして逃げてしまっているし、いつもは湯婆婆のそばにいるはずの湯バードも坊のところに隠れているのか姿はない。

下では従業員たちが、いつになくヒートアップしている師匠と弟子の喧嘩に「どちらが勝つか」と賭け事まで始めつつ、(一応)心配げに成り行きを見守っている。





暫く言い争いをしていた湯婆婆とハクは、ぜぃぜぃと息をついた。

ここで言い争っていても事態は好転しないとようやく二人とも気がついたらしい。

「‥‥ともかく、千を使者にたてる事が条件だ。そうしたら印は返してやると書いてある。あんた、千を迎えにいきな。あの印は大切なモンなんだ。あの女にとられたままでなるもんかい!」

千を、千尋を迎えにいく。

一気にハクの表情がやわらいだ。

会いたい会いたいと思いつつも会えなかった大切な人に会える。

使者とかはそんなのはおいといて、このままさらってどこかに逃げてやろうか。

などと不埒な事はとりあえず頭のすみにおいといて、(捨てないあたり、チャンスさえあれば実行しようと思っているらしい)ハクはコホムと咳払いした。

「わかりました。千を迎えにいってきます」

千尋のこととなると感情を隠しきれないハクは、神の眷属とはいえどまだまだ子供であった。