Boys are sensitive age
その8





「千尋。もうそろそろ帰‥‥‥」

帰ろう というハクの言葉は音にならなかった。

完全にそこでハクが固まってしまったからだ。

その後ろから部屋をのぞき込んだ銭婆は「おやまぁ」と苦笑めいた声を漏らした。





「あ、ハク、お帰りぃ」

「ぁー」

カオナシと千尋とが向かい合って何かやっている―――どうやら、二人で編み物をしているらしい。

それはいい。

が、千尋とカオナシは何か毛糸のようなもので結ばれている。(カオナシの編んだ例のマフラーである)

その状態を見てハクは固まってしまったらしかった。

「ねぇ見て見て。カオナシが編んだんだって! すっごい綺麗に出来てるよぉ。私こんなに上手に出来ない!」

「ぁー」

千尋に手放しで誉められてカオナシはまんざらでもない。

「わたし、教えて貰ってるの」

「ぁ」

よそ見をしていた千尋の編み棒が目を外れた。

それをカオナシが手をもって(当然ここらはハクへの牽制もあったと思われる)棒を編み目に通していく。

「あ、ごめんねカオナシ。ここに通せばいいのね?」

「ぁ」

こくこくと頷くカオナシはとても幸せそうだ。

「ハクも一緒にしない? 結構楽しいよ?」

千尋の呼びかけで、ハクはようやく遠いところから戻ってきたようである。

戻ってきたとたんに、今度はカオナシへの怒りがふつふつと沸いてくる。

「――――千尋」

ハクは出来るだけ優しく、でも低く話しかけた。

「もうこんな時間だ。そろそろお暇しないと湯婆婆が待っているよ」

「あー‥‥そうかぁ。仕方ないね、それだったら」

千尋は残念そうに言うと、立ち上がった。

一緒のマフラーでくるまれていたカオナシが引っ張られ、千尋によりかかる。

「あ、ごめんっ。どーしようか、このマフラー‥‥‥せっかく頂いたけど、これだけ全部は持って帰れないよ、私」





ぶちっ。

とハクの中で何かがブチ切れた。

さらにさっきよりも優しい調子で千尋に話しかける(かなり危ない)。

「千尋、今度来る時までに短くして貰っておけばいいんじゃないかな?」

「んー、でも私次来られるかどうかわかんないよ‥‥?」

「大丈夫。私が何とかする」

ハクの美貌でにっこり微笑まれて「大丈夫」と言われた日には、千尋でなくとも「そうだ」と納得するだろう。

自分にそういう魔力があるのを知っていて行使するのだから始末におえない。

「そぉ‥‥? ハクがそう言うのなら‥‥」

頬を赤らめて同意した千尋の背を押し、ハクはだめ押しの笑顔を向けた。

「さぁ、先に出てて。御礼を言ってから私も行くから。銭婆、千尋を外まで送り出してくださいませんか?」

銭婆と千尋がいなくなった瞬間、自分の身に何が起こるかを全身で感じ取ったカオナシがわたわたと慌て始めた。

ハクはそれをさくっと無視し、銭婆に目で「千尋を連れていかなければどうなるか分かっていますよね?」と合図する。

銭婆は千尋を外に連れていきつつ、銭婆は心の中でカオナシにわびた。

――――すまぬな、カオナシ。私もまだ自分の身が可愛いのさ。

あっさりと見捨てられるあたり、カオナシも不運と言えよう。





ぱたん、と扉が閉まり――――ハクはカオナシに向き直った。

カオナシは逃げる場所を求めてあたりをキョロキョロするが、すでにハクの殺気に包まれた部屋に逃げ場はない。

「千尋が世話になった。――――礼を言うよ、カオナシ」

千尋に向けたような満面の笑顔だが、目は笑っていない。

見る人が見れば、これほど怒ったハクを見た事はないと証言するだろう。

「少ないが、とっておいてくれ。――――つりはいらない」





突然屋敷の中で走った閃光に、千尋はびくっと振り返った。

「おばあちゃんっ‥‥部屋の中、中!!」

「ああ、大丈夫。何ともないよ」

ハクはね。

という言葉は呑み込んでおいた。

ややして、扉をあけてハクが出てくる。

「さぁ、行こう千尋」

差し出してくるハクの手をとり、千尋は心配そうに家を振り返った。

「何があったの、ハク? カオナシは‥‥大丈夫?」

「ああ、大丈夫」

急所は外しておいたし、力はずいぶん弱めておいた。あのくらいで死にゃしない。

銭婆にだけはそんなハクの心の中の言葉を読みとったことだろう。

「では、印は頂いていきます」

「ごくろうさん。またおいでよ、千尋」

「はい‥‥おばあちゃんも、元気で」

千尋は銭婆としばしの抱擁を交わすと、竜となったハクの背に乗った。

「またね―――――おばぁちゃん――――!!」

千尋の声が青い空の中に消えていく。

それを見送って―――銭婆は溜息をついた。

さて、カオナシの様子でも見に行こうかね。

まぁ手加減しただろうから、せいぜい一週間の療養ですむだろう。

「‥‥‥川の神に睨まれたのが運の尽きかもしれないねぇ」

銭婆は苦笑して、家の中へと戻っていった。