Boys are sensitive age
その9
印を湯婆婆の元に戻して 千尋はまたもや名残を惜しむ間もなくハクに引っ張られて元の世界への接点である時計台まで戻ってきていた。 「もー、なんでそんなに急がせるの? もっとわたし、話したかった!」 千尋の不服ももっともである。 湯婆婆は坊が千尋に逢いたがっているのを知っていたから、千尋に暫く滞在して貰ってもいいと思っていたらしいが、それをハクが振り切るようにして出てきたのだ。 「千尋はこの世界では異質だ。あまり長く滞在していたら、また何かに巻き込まれるかもしれない。それまでに戻った方がいい」 ハクの言葉にも千尋はぷぅ、と頬を膨らませている。 「でも‥‥少しくらい‥‥」 「だめだ」 ぴしゃりとはねつけるハクに、千尋は今度はしゅーんとうなだれた。 本当は、ここに千尋を置いておくと絶対に自分と一緒にいる時間が少なくなる。 リンや釜爺ならばまだ許すが、坊と一緒なんて死んでも嫌だ。 それくらいならば元の世界に戻した方がマシ。 というハクの個人的な独断であった。 湯婆婆の元で何年も修行をつんだハクは、もう純粋で素直な竜ではない。 ――――千尋を独り占めするためならいくらでも理由など並べてみせるさ。 なんてハクが思ったのは千尋にも秘密である。 彼が将来ストーカーにならない事を祈ろう。 「ハク‥‥‥わたし、何か怒らせるような事した?」 「え?」 よくよく見ると、千尋が半泣きになっている。 「何か、ハクを怒らせるような事したんなら、言って。気をつけるようにするから‥‥」 ハクが苛々した調子なのは自分のせいだと勘違いしたらしい。 今にも大粒の涙がこぼれそうな顔で、じっとハクを見つめている。 一途に。 ただハクだけを。 ―――――可愛い。 抱きしめたくなる衝動を抑えて、ハクは優しく千尋に笑いかけた。 千尋にしか見せない、ハクの必殺技である。 「違うよ、千尋。私も千尋に会えて嬉しくて‥‥‥でも、色んな用事を任されてなかなか千尋と話も出来なかったから。それがちょっと悔しくて‥‥‥千尋が悪いのではないよ?」 「ホント?」 「私はいつでもそなたの味方だ――――そなたをだますような事はしない」 千尋はようやく安心したかのようににっこりと微笑んだ。 ―――この笑顔が見たいがために、周りのライバルをけ落としているといっても過言ではない。 本当はもうちょっと先に進んでみたいのもあるが、それはまだこれから、おいおいと。 千尋はまだ12歳の少女なのだから。 「じゃあ、ハク。皆とお話出来なかった埋め合わせ、してくれる?」 「え?」 千尋の唐突な申し出に、ハクはキョトンと彼女を見つめた。 「陽が沈むまでの時間でいいから、デートして?」 デート。 でーと。 [date] (名)スル (1)日付。 (2)男女が前もって時間や場所を打ち合わせて、会うこと。「昨日彼女と―した」「―を申し込む」 (大辞林第二版より) 「え‥‥ええええ!?」 珍しく声を裏返すハクに、千尋は不安そうな色を顔いっぱいに浮かべた。 「やっぱり‥‥ダメ?」 「あ、いや‥‥」 狼狽するハクに、千尋は否定の意を感じてしまったらしく、寂しそうに笑った。 「‥‥ダメならいいの‥‥その、ごめんね、ハク‥‥」 「いや、違う! 違うんだ‥‥」 ハクはようやくそれだけ言うと、胸に手をあてて深呼吸し、自分を落ち着かせた。 それから千尋に向き直る。 「違うよ千尋。その‥‥千尋から申し出されるとは思わなくて」 ハクは千尋の手をそっととった。 「私も、うれしい。千尋と‥‥デートできて」 千尋はハクの手を握り返し――――「うん!」と大きく頷いた。 「せっかく会えたのだから――――思い出を作ろう」 ハクは優しく千尋を引き寄せて――――その額にそっと口づけた。 きっとリンがその場にいたら「おまえさっき言ってた事と話が違うぞ」と言うに違いなかったが。 |