Curse(カース)
その8
結局、今日はもう行けない、と強固に言い張るハクのおかげで、明日行こう、という事に決まった。 美晴はハクを監視するという意味も込めてか、この森の適当なところで休むと去っていった。 「あ、あの美晴さーん」 「大丈夫。式神を残している。何かあればすぐに来る」 ハクが指さした方向には、白い鳩が1羽羽根を休めているばかり。 「‥‥鳩がいるだけだよ?」 「その鳩が式神だ。今回は目としての役割だから何もしないよ」 千尋はへぇぇ‥‥と感嘆の声を漏らしながら、しきりと鳩を眺めている。 そんな千尋をハクは見つめていたが――――彼女の背をそっと押した。 「さ、千尋ももうお帰り。‥‥お父さんやお母さんが心配してるよ」 「私もここに泊まる。明日早いんでしょ? 起きられなかったら大変だもん」 すっかり行く気満々の千尋に、ハクはすっと瞳を厳しくした。 「千尋はダメだ」 てっきりつれていってもらえるとばかり思っていた千尋が仰天してハクを見上げる。 「なんで!? 私も行く! 行きたい!!」 「ダメだ」 ハクは厳しい顔のまま、首を横にふった。 「どうして‥‥私だって、少しは役にたつよ? 足でまといにならないように頑張るから!」 千尋のほうもいつになくしつこく食い下がってくる。 「どうしても一緒に行きたいの! 行かなかったら後悔する‥‥そんな気がしてるの! だからお願い、つれてって!」 ハクとしても、千尋がそばにいてくれたら心強い。 いくらハクが神の末裔とはいえ、感情は人間並みのものを持っている。 同じような立場の主と会うかもしれないのは―――正直いって不安もある。 どうしたらいいか――――ハクが判断に迷った時は、いつも千尋が直感で正しい答えを導き出してくれる。 千尋がハクを頼るように、ハクも千尋を頼りにしているのだ。 しかし―――千尋の突如としてわき起こる行動の凄まじさは、ハクには理解出来ないものの一つでもあった。 いくら自分の為とはいえ、何の力もないのに危険も省みず突っ込んでいく、無謀と隣り合わせの勇気。 千尋の中にある愛しく思う部分ではあるが――――今回のように美晴に無防備に突っ込んでいくなどという行動に出られた場合―――ハクは自分を抑える自信がなかった。 千尋を守る為なら―――――それこそ、他の何かを犠牲にしてもかまわないと思ってしまう自分を、抑えられない。 籠の中に閉じこめて、安全なところに隠してしまいたい そんな事が許される筈がないと思っていても。 ――――少なくとも、安全だと分かるまでは‥‥千尋には関わって欲しくない。 これ以上、傷ついて欲しくないから。 「どんなに言っても、駄目なものは駄目だよ。千尋は連れていかない。いいね?」 「よくないよ!! 私‥‥待つだけは嫌だよ。すっごく不安で‥‥いつ帰ってくるのかをどきどきしながら指折り数えて待つのは、もういや。そのくらいなら、怖くっても一緒に行ったほうがいい!」 「千尋‥‥‥」 ハクが諭せば、千尋はたいてい不満そうな顔をしつつも従ってくれる。 ―――なのに、今日は涙ながらに訴えて来て食い下がってくるのは―――それだけ不安な思いをさせたという事だろうか。 「ハク、今だって怪我してるんだよ‥‥その体で無茶するつもりでしょ。そんなの‥‥そんなの‥‥わたし‥‥」 目を恨ませながらもハクをじっと見つめる千尋に――――ついに、ハクのほうが根負けした。 「分かった‥‥‥連れて行くよ」 とたんに、ぱぁぁっと千尋の顔が明るくなる。 それを見て自分も嬉しくなってくるのを自覚したハクは、苦笑した。 ――――本当に、私は千尋に弱い。 しかし、クギをさすところだけはさしておかなければ。 「ただし」 そのとたん千尋はぴくっと動きを止めた。 「ちゃんとご両親に断ってからだよ。妃夜良川は遠い‥‥‥事まで済ませて帰ってくるには一昼夜はかかるだろうから」 「ええええ‥‥」 「千尋」 千尋はうん、とうなだれた。 「わかった‥‥‥」 しょうがないといった様子で携帯を取り出し連絡を始める千尋を確認してから、ハクは木の根元に腰を下ろした。 「‥‥ハク?」 千尋が呼びかけた時には―――――ハクはすでにすーすーと寝息をたてて眠っていた。 |