Curse(カース)
その9










水に抱かれているような心地。

そう――――まだ川と一体だった頃の感触。

ハクは目を閉じてその心地よさに身を任せていた。

しかし

その心地よさは――――過去のもの。

今は―――――



ふっ‥‥と目を開ける。

まず目に飛び込んで来たのは――――千尋の寝顔。

ぎょっとして飛び起きようとしたハクは動きをとめ――――自分の体の痛みがなくなっている事に気がついた。

傷が、かなり癒されている。

一瞬―――千尋が癒したのかと思い千尋を見るが―――すぐに、彼女にはそういう超常的な力はない事を思いだす。

一体自分はどうしていたんだろう。

まだうまく働かない頭を働かせつつ、ゆっくりと身を起こそうとしたハクは肩を押さえつけられた。

「!?」

「まだ寝てなきゃ駄目だよ。もうちょっとで傷が治るんだから」

「ち、千尋?」

そこでハクはようやく、千尋に膝枕されて自分が眠っていた事に気がついた。

「この木さんがね、ハクの傷を治してくれるって。川の神にあうんだったら万全の体勢にしておかないと、イザという時に対処出来ないよって」

「この‥‥大木が‥‥?」

千尋に肩を押さえつけられたまま視線を木のほうに向ける。

ざわざわ‥‥と葉ずれの音がする。

まるで千尋の言葉を肯定するかのように。

さっきの感覚は、この木々がハクを包み込む感覚だったのだ。

「‥‥千尋、言葉が分かるのか?」

「ううん。でもそんな気がするの」

ハクといつも一緒にいる為に、千尋の中のもっている力が刺激されているのかもしれない。

昔は誰もがもっていたであろう力が―――――。

「だから、もう少し休んでてね。私ずっとここにいるから」

ハクは膝枕されたまま、そっと千尋の頬に手を触れさせた。

さっき美晴に平手打ちされたところ――――そこは元の通りに戻っていた。

「あ‥‥ここ? 痛くないよ‥‥この木さんが私も一緒に癒してくれたみたい」

「そう‥なら良かった‥‥。千尋の顔に跡でも残ったら‥‥私はあの女を許さないところだ‥‥」

ハクの手に自分の手を重ね、千尋は苦笑した。

「もうハクったら‥‥最初は痛かったけど、今はもう痛くないから大丈夫だよ‥‥」

体が睡眠を欲しているのか、瞼が重くなる。

もう少し、千尋の顔を見つめていたい。

そう思いながら――――ハクはすうっと眠りに落ちていった。





「‥‥ハク?」

ハクの手から力が抜け、ぱさりと落ちる。

ハクは再び眠りについていた。

「‥‥ゆっくり休んでね‥‥ハク」

千尋はハクの髪を撫で、そっとその髪に口付けした。










チチチ‥‥という小鳥のさえずりが、近くに聞こえる。

木にもたれかかって眠っていた千尋は、その声で目を覚ました。

膝に感じていた重みがないのに気がつき視線を落とすと、すでにハクの姿はなかった。

「‥‥‥ハク?」

「起きた?」

先に起きていたらしいハクが近づいて来て、千尋に向かって手を差し出す。

その手を握って、千尋は立ち上がった。

「顔を洗って目を覚ましたほうがいいよ」

ハクは千尋の顔を見てくすくす笑った。

「まだ眠そうな顔をしてる」

「そ、そうっ?」

千尋が慌てて顔を洗いに近くの泉まで走っていくのを見送り、ハクはもう一度自分の体を確認した。

痛みはない。

傷もすべて治り、元に戻ったようだ。

「‥‥ありがとう、主よ」

木の幹に手をあてそう話しかけると、木の葉がざわざわと答える。

上を見上げると樹齢数百年にはなろうかという大木であるのが分かる。

この木が森の主。

ハクが川の主であった事を知り、自らの元で休む事を許し、今こうして癒してくれたこの偉大な存在に、ハクはただ感謝するしか出来なかった。