Curse(カース)
その10
葉を踏む音に振り返る。 「あぁ、もう起きてたんだね」 美晴が立っていた。 「‥‥ふうん。あれだけ怪我してたのがもう治ってる。さすが化け物じみた力をもつだけあるね、その回復力」 ハクは眉をひそめつつも、美晴から視線をそらした。 「あの娘をどうするつもりなんだい。あの娘、ずいぶんとあんたにご執心のようだけど」 ハクの視線をたどるように、美晴がのぞき込む。 「どんな手を使ったかは知らないけど、まさかあの娘を食べちゃうつもりじゃないだろうね?」 「っ‥‥」 ハクがキッと睨み付けても、美晴は動じる様子もない。 ここで怒ってもどうしようもないし、たぶん美晴の反応の方が普通だ。 すべてを分かって受け入れてくれる存在など、この世界には彼女以外にない。 それは分かっていたが、こうして現実として突きつけられると――――いい気分はしない。 ハクは少し息をついて、答えを返した。 「‥‥‥どうもしない。ただ、そばにいて守ってやりたいだけだ」 そのとたん、美晴は口に手をあてて大笑いを始めた。 「何がおかしい!」 ハクが怒鳴っても美晴は笑うのをやめない。 「あははははっ‥‥あんた、自分のせいであの娘を危険にさらしてるの、気がついてないのかぃ」 「‥‥‥‥っ‥」 美晴の言葉は、ハクの中の迷いを言い当てていた。 千尋を連れていくという事を最後まで迷わせた事実。 自分がいたから、本来ならばこんな出来事に巻き込まれる筈ではなかった千尋が、危険にさらされる。 千尋を守る為にこの世界に来、この世界に残る事を望んだのに。 その自分が千尋を危険な目に遭わせる事になっているという現実が、ハクを苦しめていた。 本当に千尋の事を想うなら、いくら彼女が泣いたとしても身をひくべきだったのかもしれない。 でも、それが出来なかったのは。 出来なかったのは―――――― 「ほんとにあの娘の幸せを思うんだったら、いなくなってやる事だね。あんたじゃあの娘は幸せにはなれない」 ハクはかっとなって美晴につかみかかった。 「‥‥きさまっ‥‥!!」 「あれ、美晴さんも起きたの? おはよう」 「!」 千尋がのんびりとした調子で歩いて来る事で、二人の間の険悪な雰囲気が四散していく。 美晴は先ほどまでの雰囲気などなかったかのように明るく返した。 「んー、おはよう。これから戦いに行くってのにのんきな娘だね」 「えへへ。よく言われます」 美晴の嫌みを持ち前の天然ボケでかわし、千尋はハクに視線を向けて――――ふと、ハクの表情が強ばっているのに気がついた。 「どうしたの? ハク。顔色よくないよ」 「あ――――いや。なんでもない‥‥」 「?」 千尋は不思議そうにしていたが、やがて二人を見比べて 「妃夜良川って、何処にあるんだろ。遠いのかなぁ」 その答えを返したのは美晴の方だった。 「ここからだったら北。とちの木駅から6つめの駅だよ‥‥2時間はかかるかな」 「遠い‥‥‥」 千尋がついつい本音を漏らす。 そんな千尋の肩をぽんと叩き、ハクが美晴を見る。 その視線は「睨む」といったほうがいいくらいだが。 「ここから直線距離ではどのくらいだ?」 「直線距離? だったら‥‥40キロってところか」 「それだったら30分もあればいける」 え? とハテナマークをとばしている美晴と千尋。 やがて千尋は「あ!」と声をあげた。 「ハク! 竜になるのね? わたし達も運べるの?」 「造作もない」 言うが早いか、ハクの姿が光り輝き――――その光の中で見る間に竜の姿へと変化していく。 ハクの竜の姿に慣れている千尋はわくわくした表情で見ているが、美晴のほうは目の前で行われた変化に呆然と突っ立っているだけ。 真っ白い竜に変化し終わったハクは、首をもたげて「乗れ」と合図する。 「わかった!」 千尋は美晴を引っ張っていくと、そのまま背にまたがった。 「ほら、美晴さん! 早く!!」 「あ、ああ‥‥わ、わかった‥‥」 角をぎゅっと握り、美晴には自分をつかむように指示する。 おずおずといった調子で掴まってくる美晴に、千尋はつい笑みを漏らした。 「何がおかしいんだよ」 「ううん、だって陰陽師だって言ってたのに、こういうのに弱いのかなぁって」 「こ、こんなのは初めてなんだよっ! あたしはだいたい怨霊相手が多いんだからねっ!」 「わかったわかった」 ハクを怖がっている美晴がなんか可愛らしい。 千尋は一人くすくす笑っていた。 「さ、行こう。頼むね、ハク!」 二人が掴まったのを確認して、ハクは一気に上空へと舞い上がった。 |