Curse(カース)
その11
空を駈けるというのを夢見た事はある。 それがこんな風に実現するなど、思ってもみなかった。 ハクは凄まじいスピードで空を駆っていく。 「‥‥‥あれだ!!」 美晴が風圧に負けじと大声を張り上げ、とある場所を指さすまでに30分も時間はかからなかった。 下に、川が見える。 その周りは荒れ果て、人も動物も住んでいる気配はない。 上空から見てもその川が「死んでいる」もしくは「死にかけている」事は分かった。 「ハク‥‥」 千尋がきゅっとハクの角を握りしめると、ハクがくるる‥‥とのどを鳴らす。 たぶん、大丈夫だと言ってくれているのだとは思う。 でも。 心配なのはハクのこと。 どうかハクが傷つきませんように。 どうかハクがつらい目に遭いませんように。 千尋はただそれだけをずっと願っていた。 河原に降り立つ。 河原にある筈のススキも、草木も、聞こえる筈の虫の声も、見える筈の鳥の姿も、ない。 微かに異臭が漂うのは、ゴミの臭いだろうか。 「ひどい‥‥‥」 千尋は口を覆って、その惨状に息を呑んだ。 「まだいい方さ。ちょっと前までは足を踏み入れる場所もないくらいゴミが散乱してたからね」 美晴が札を片手に川の方へと歩いていく。 千尋はその後を追って歩き出した。 「千尋」 後ろから肩をつかまれ、千尋ははっと振り返った。 「‥‥不用意に近づかない方がいい」 ハクが千尋の肩をつかんでいる。 「‥‥どう‥‥なの? やっぱり、主さん‥‥いない?」 千尋を後ろに押しやるようにしてハクは川に向かって歩いていく。 美晴の横を通り過ぎ、川の水面をのぞき込んだ。 その後ろからおそるおそる千尋が、何が起こるかとわくわくした様子で美晴がのぞきこむ。 水面には、三人の姿が映るばかり。 「‥‥何も起こらないね」 美晴がそう呟いた瞬間。 ハクははっと視線を川の中央に向けた。 「‥‥やはり‥」 えっ、と千尋が問いただすよりも早く、ハクは地を蹴って川の中央へと身を躍らせていた。 落ちる、と千尋が目を向けると、ハクは川の水面の上に立ち――――異変が起こりつつある川を見つめていた。 川の水面に泡が次々と浮き上がり、空の色を映していた筈の水の色が、赤く染まり始めている。 「ハクっ‥‥」 「あんたは出ちゃいけない」 ハクを追って川に入ろうとした千尋の腕を美晴がつかむ。 美晴の腕が、少し震えているのがわかった。 「‥‥これは‥‥あたし達とした事が‥‥とんでもないのを見逃していたらしいね‥‥」 美晴を呆然と見つめ、そしてハクに視線を移す。 そして 千尋は悲鳴をあげた。 ハクの目の前に、龍が姿を現していた。 ハクよりも遙かに大きい体を持ちながら、その体は傷つき――――片目は潰れ、獰猛なうなり声をあげる、龍。 鱗が赤く染まっているのは、きっと龍自身の血の色。 体のあちこちに突き刺さる木材のようなものは、きっと人間の捨てたゴミの一部だろう。 そこから今もなお血が流れ出て、川を赤く染める。 「―――――妃夜良川の主よ‥‥あなたは‥‥あなたは、すでに狂ってしまわれたのか‥‥」 ハクが苦しそうに言葉を紡いだ。 |