異邦人〜エトランジュ〜
その2
橋を渡り、食堂街のほうへと歩いていく。 空は真っ青に澄み渡っていて、今日もいい天気だろうことを示唆している。 「んー‥‥」 大きくのびをして息を吸い込むと、すがすがしい空気が胸いっぱいに満ちてくる。 千尋は宛もなくブラブラとただ道を歩いていた。 やがて草原まででてきて、千尋は石段近くのカエルの置物に手を置き、時計台を見つめた。 あの時計台が現実との境。 夜になれば、神々さまの船を迎えるもの。 千尋はこの世界とその向こうにある世界を行き来できる。 それが真実の名を手にするものの特権だ。 今の千尋はまだ向こうに帰るつもりはなかったが。 「‥‥あ」 ふと空を見れば微かに陰ってきはじめている。 もうそろそろ時間がくるらしい。 「そろそろ戻らなきゃ」 一人呟いて、千尋はきびすを返した。 食堂街をぱたぱたと走っていく。 そして 千尋はキキーッとブレーキをかけて立ち止まった。 「―――――――!?」 食堂街をウロウロとのぞきこむ姿。 その姿は自分の知っているどの姿でもなく。 「‥‥う、うそ」 明らかにそこにいるのは、人間の女の子だった。 さぁぁぁぁ‥‥と風が舞い上がり 見る間に日が陰ってくる。 まずい。 もう日が暮れる!! 自分を最初に見つけた時のハクも、こんな心境だったんだろうか。 今なら間に合うかも! 千尋は女の子に駆け寄ると手をとった。 まだ10歳くらいのその少女はぎょっとした様子で千尋を見上げた。 「早く! ここにいてはダメ!! 草原のほうまで走って!!」 「な、なにっ‥‥」 「早く!!」 食堂街にどんどん明かりが入り始める。 自分は平気だが、もしも湯婆婆にこの子が見つかったら、きっとこの子は豚にされてしまうだろう。 「いやよ、放して!!」 女の子は千尋の手を無理矢理ほどくと、数メートル間をとった。 「いちいちあたしに命令しないでよね、オバサン!」 「お、オバサンですってぇっ!?」 一瞬このまま見捨ててやろうかとも考えたが、後味悪くなるのはわかりきっているので、千尋は辛抱強く語りかけた。 「早くしないと、危ないんだよ!」 ぽぅ‥‥っと人影が見え始め、千尋は舌打ちした。 もう、お客が来始める時間だ。 間に合わないかもしれない。 「キャー!! な、なによこれ!!!」 女の子は自分の近くを歩き始めた黒い影に悲鳴をあげた。 「まだ大丈夫かも! とにかく走って!!」 さすがに異常事態に気がついたのか、女の子は一目散に走り始めた。 後から千尋も追って走り出す。 もう、間に合わないかもしれない。 |