異邦人〜エトランジュ〜
その3









その石段までやって来て、千尋はああ‥‥と声を漏らした。

川になっている。

間に合わなかった。

川の前で呆然と立ちつくしている女の子を見つめ、千尋は近寄った。

「あの‥‥」

びくっと振り返る女の子は、まるで化け物が何かを見つめるかのように千尋を見つめた。

「落ち着いて‥‥私はあなたとおんなじ、人間だから‥‥」

「いや‥‥いやだ、いやだいやだ、近寄らないで!!」

おびえて後ずさる女の子の足が水に浸かる。

「怖がらなくってもいいから‥‥こっちに来て」

手をさしのべると女の子はますます後ろに後ずさった。

「早くしないと‥‥湯婆婆に見つかっちゃう!」

苛々しながら叫ぶ千尋の肩を、後ろから誰かがそっと抱いた。

「!」

振り返ると―――――

「ハク!!」

ハクが千尋の肩を抱きつつ、女の子を見つめていた。

「迷い込んだみたいだね」

「うん‥‥何とか返そうとしたんだけど間に合わなくて‥‥」

ハクは千尋に頷き返すと、そっと女の子に近寄った。

「大丈夫‥私たちはそなたの味方だ。こちらに来なさい」

ハクが手をさしのべる。

「や‥‥やだ‥‥」

女の子は脅えきって、ただふるふると頭を振ってますます後ろに下がろうとする。

「大丈夫。とって食いはしない」

言いつつ、ハクは指です‥‥っと少女に向かって何か模様を描き、呪文を唱えた。

千尋にはわからないその言葉が終わると――――女の子の様子が変わった。

「‥‥少し魔法を使った。あのままではとても落ち着きそうもなかったからね」

ハクは千尋にそう言うと少し笑ってみせた。

その言葉通り、女の子から脅えは消え去ったらしく、千尋とハクをじっと見つめている。

「さ、おいで」

優しく話しかけられ、女の子はようやくおずおずと一歩を踏み出した。

ハクの差し出す手にそっと自分の手を重ねる。

「‥‥‥うう‥うわぁぁん!!」

女の子はいきなりハクに抱きついて泣きじゃくり始めた。

「お、おい‥‥」

予想外の行動にハクは驚きを隠せない。

引き離そうにも、女の子はぎゅっとハクの服を握りしめたまま離そうとしない。

「‥‥仕方ない、ね。いきなりで怖い思いをしたのだし」

ハクはそう苦笑すると、女の子の頭を優しく撫でた。





―――――おもしろくない。

千尋は反射的にそう思ってしまった自分に気がつき、きゅっと自分で手の甲をつねった。










ハクが差し出した丸薬をごくんと飲み込んで、女の子はようやく人心地ついたように息をついた。

それを見計らって、ハクが千尋に耳打ちした。

「私が先にいって皆の気を引きつける。その間に千尋はこの子を湯婆婆の元に連れていってくれ」

「うん」

このまま放っておいては、この子はいずれ消える。

その前に湯婆婆に会わせて契約をとりつけなくてはならない。

「いや!」

ハクが千尋のほうに女の子を押しだそうとすると、女の子はハクにしがみついた。

「そばにいて‥‥お願い!」

「大丈夫だよ。彼女はそなたと同じ人間だ。なにもしない」

「いや!!」

ハクから離れようとしない女の子に、千尋はカチンときた。

――――なによ。そんなにハクのほうがいいわけ?

こんな状態で仕方ないとはいえ、それでも何となく自分が蔑ろにされた気がして、千尋はおもしろくなかった。

「ハクがつれてったげて。私がみんなをごまかしておくから」

「でも」

「大丈夫。そのくらいできる」

千尋はハクの返事を聞かずにだっと走り出した。



「千尋!!」

ハクの声が聞こえて来たけど、今は振り返りたくなかった。







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