異邦人〜エトランジュ〜
その6







「んん‥‥」

朝が来て。

千尋はまぶしさに声を漏らした。

「‥‥ん?」

隣の布団で寝ていたはずの、風の姿がない。

「‥‥どこにいったんだろ‥‥」

布団に触れるとまだ微かにぬくもりが残っている。

いくら邪険にされても、やっぱり気になる。

5年前の自分と同じ風。

あの時自分はリンやハク、釜爺たちに助けられたがためにこうして生きている。

その恩返しは、風に対してすべきではないか―――――そんな気持ちがしていたのだった。




寝相が悪かったためかからまってしまった髪を梳きつつ、千尋は階段をリズミカルに下りていく。

「どこかな‥‥」

階段から下を見下ろし、きょろきょろと見回す。

「‥‥‥あ」

正面玄関に腰掛けて靴をはいている風の姿を見つけ、千尋は声をあげた。

どこにいくんだろ。

「風!」

上から声をかけると、風はびっくりしたように上を見て―――――それからぱたぱたと外へとかけだしていった。

思いっきり無視されてしまい、千尋はあわてて風の後を追っかけるように走り出した。

「待ってよ、風!」

玄関に飛び出して、橋のほうを見る。

――――橋を渡っていく風の姿が見える。

「‥‥まさか、帰るつもりじゃないよね」

――――そんなのが湯婆婆に見つかったら、いくら働きたいと訴えても豚にされちゃうよ。

「千尋?」

ススワタリに預けた靴をとりに向かおうとした千尋は、出会い頭にハクとぶつかりそうになってあわてて止まった。

「どうしたんだ‥‥そんなに急いで」

「風が外に出ようとしてるの!」

風が何をしようとしているのか勘づいたらしいハクは、千尋の肩を優しく抱いた。

「私が行く。すぐに戻るから」

「でも」

「今騒いで外の従業員に見つかったらまずい。千尋はボイラー室で待ってて」

「――――わかった」

千尋はハクの言葉に不満を感じつつ、それでも素直に頷いた。









ボイラー室に入ると、早起きなススワタリ達がカサカサと千尋を出迎えてきた。

「おまえたち‥‥早起きね」

千尋が手を差し出すと、ススワタリ達はカサカサと手にすりよってくる。

そんなススワタリたちを見ているうち――――だんだんと切ない気分になってくる。


「‥‥ハク、ちゃんと風と会えたかな」


しばらくそうしていたが、千尋は「はぁ」と大きなため息をついた。

「んん‥‥? 嬢ちゃん、どうした」

千尋の独り言を聞きつけたのか、釜爺が起き出して来た。

「あ、おじいさん‥‥‥ごめんなさい。起こしちゃった?」

「いんや、かまわんが‥‥どうしたんじゃ、こんな早くに」

「ハクを待ってるの」

ボイラー室の扉を見つめる。

が、そこから誰も来る様子はない。

しばらくおとなしく待っていた千尋だったが、やがてうずうずと足を揺らし始めた。

もう待てない。

「‥‥‥私、見てくる」

「あ、おい」

千尋はススワタリが出して来た靴を履くと、ぱたぱたとボイラー室の外へと走っていった。






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