異邦人〜エトランジュ〜
その8








ぎくしゃくした雰囲気のまま、数日がすぎた。

2日もすると子供らしい順応力を発揮してか、風はこの湯屋に慣れてきた。

だが反対に千尋のほうの様子がおかしい。

外の従業員に対しては全く変わらない。

ただ。

ハクを明らかに避けている。

風のことも避けているとか。

三角関係かとまことしやかな噂が流れたが、それはハクによって一蹴された。

しかし千尋の態度についての弁明はハクからは全くなく。

千尋自身がそれを言うはずもなく。

風も「しらない」の一点張り。



湯屋の中はちょっと異様な雰囲気に包まれていた。







玄関のほうで話し声がする。

仕事も終わりもうそろそろ夜明けが来ようかという時間の話し声に、ハクはそっと玄関へと足を向けた。

「じゃ気をつけてな。後のことはこっちで何とかするから」

「うん。ごめんね、急な話で」

「ま、湯婆婆の了解を取り付けてるんだったら仕方ねーし」

その声の主に気がついたハクは、はやる気持ちを抑えながら玄関へと踏み込んだ。

「こんな時間に何をしている!」

声が荒立ってしまったのは、自分に度量がないせい。

その声にビクッと振り返ったのは――――向こうの世界の服に身を包んだ千尋と、それを見送っているリンの姿だった。

「――――千、どこにいく?」

敢えてセン、と呼んだのは、自分を律するため。

声が震えないようにするだけで精一杯で、とても千尋の様子にまで意識が回らない。

「お、おい‥‥ハク」

リンが止めるのを振り切り、ハクは裸足のまま土間へと降りて、千尋の肩を掴んだ。

「どこに行くと聞いている!!」

「あ‥‥い、家にっ‥帰るの‥」

そのとたん、ハクは千尋の両腕を掴んでいた。

「―――私に一言もなしにか?」

翠の瞳がキッと千尋の瞳を見据える。

本気でハクが怒っているのを感じ取り、その怒りをまともにぶつけられて、千尋は完全にすくみ上がってしまっていた。

「そんな言い方したら千が怯えるだろっ」

リンが間に入って取りなそうとする。

が。

「リンは黙っていろ!」

さすがのリンも、一喝されてその場に立ちすくんでしまった。

再び、その厳しい翠の瞳を千尋に向ける。

「――――答えなさい、千尋!」




「‥‥何騒いでるの?」

はっと上を見ると、2階の手すりから身を乗り出すようにして風がのぞき込んでいるのが見えた。

「風‥!」

ハクの意識が一瞬風に向けられ、乱れる。

そのスキに、千尋はハクの腕を振り払った。

「ごめんっ‥‥今は、そっとしといて!!」

千尋はそのまま振り返らずにばたばたと走り去っていく。

「千尋!!」

一瞬追おうかどうしようか――――と迷い、足をとめてしまったハクの背中を

「何してんだよっ!! そこでとどまったら男じゃねぇだろ!!」

リンがばしっと叩いた。

「リン‥っ」

「行けよっ。後はオレと風とで何とかしとくからっ」

一つ貸しだぞ、とウィンクするリンにちょっと頭を下げて、ハクは千尋の後を追った。


「‥‥‥私も手伝わなきゃなんないの?」

思い切り嫌そうな風の声に、リンは肩をすくめる。

「元はおまえが原因だろ。そんくらい手伝えよ」

「はぁい」

二人が出ていった玄関を見つめ―――――風はべー、と舌を出した。







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