異邦人〜エトランジュ〜
その9








スタート時期が違っても、ハクの足と千尋の足では比べるべくもない。

食堂街の石階段を下りる手前で、ハクは千尋をつかまえた。

腕を掴まれ、千尋がぎょっと振り返る。

「なぜ逃げるんだ、千尋!」

千尋が怯えているのがわかっていても、言葉が止められない。

「あっ‥‥ハ、ハクっ‥」

「答えろ!!」

我を忘れているらしいハクに、千尋はごくっと息を呑んでおずおずと切り出した。

「あ、明日‥‥登校日だから、学校行かないと‥‥」




あまりにも平和な理由に、ハクは一瞬言葉が理解出来ず、千尋をじっと見つめた。



「だからっ! 明日学校なの! 学校行かないといけないでしょ、私まだ学生なんだよ!!」



「‥‥が、学校?」

「そう!」

さっきの千尋の態度と今聞いた理由が全くハクの頭の中で繋がらない。

「そりゃ‥‥その、ハクに言わなかったのは‥‥私が悪かったけど‥‥」

「‥‥‥そ、それで。数日私を避けていたのは‥‥どうして?」

ハクにもその理由はわかっていたが、千尋の口から直接聞きたかった。

「‥‥‥自分でも子供っぽいってわかってたけど‥‥でも‥‥」

千尋は下を向いて靴の先で石段を蹴っている。

「ごめんなさい‥‥ハクが悪い訳じゃないし‥‥風もまだ子供なのに‥‥拗ねちゃってて」



会えばハクを責めそうで

そんな自分が嫌で

結局ハクを避けるという行動しかとれなかった

ハクが悲しそうに自分を見ているのを感じるたびに

自分自身が嫌いになる





「ごめんなさい」

「いや‥‥私も、迂闊だったと思う‥‥そんなに自分を責めないで、千尋」

ずっと自己嫌悪に陥っていた千尋がいじらしい。

「私は、嬉しい。千尋が私をそういう風に想ってくれていたのがわかって‥」

「うれしい‥の?」

「うん。だから千尋が自分を嫌いになる理由はない」

結局のところ、ハクが千尋を嫌いになることは全くあり得ないのだった。

「‥‥‥ありがとう、ハク」

ようやく元気に取り戻し始めた千尋に安堵し、同時にハクは自分も今まで感じていた圧迫から解放されているのに気がついた。

「トンネルまで送ろう」

ハクがそっと千尋の手をとる。

「明後日には戻るんだろう?」

「うん。学校は明日だけだから」

「待っているから」

ハクの言葉に、千尋はこくんと頷いて―――――恥ずかしそうに微笑んだ。











「おかえんなさい」

戻って来たハクを待っていたのは、風だった。

玄関に座り込んで、ハクを見上げている。

「千、行った?」

「ああ」

自分の横を通り過ぎるハクを、風が視線で追う。

「―――――ハク」

風の声に、ハクは歩みを止めた。

しかし、彼は振り返らない。

「何だ、風」


その声に、風はきゅっと胸を押さえた。

「‥‥‥ううん、何でもない。ごめんなさい」


ハクは振り返ることなく、奥へと消えていった。



それを見送り、風はぎゅ‥‥っと拳を握りしめた。






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