異邦人〜エトランジュ〜
その12












―――――前にも、こんな夢を見た。



‥‥‥ひっく‥‥っくひっく‥‥


誰かが泣いてる。

子供の泣き声。

何がそんなに悲しいの?



はっ‥‥と目を向けると、視線の向こうに誰かしゃがみ込んでいるのが見えた。


―――――だぁれ?

そっと近づくと、その子ははっと顔を上げた。

「!!」

その子は、風だった。


ぼろぼろ涙をこぼして、風が千尋を見上げている。



「――――――――‥‥‥」

風が何かを呟く。

しかし、千尋には聞こえない。

「なに? 何なの? 聞こえないよ、風!」



――――――サミ‥‥シイ‥‥


千尋の脳裏に、その言葉が響く。

そのとたん、風の姿は真っ黒いものに覆われて――――千尋を呑み込もうとふくれあがって来た。


「きゃあああああ!!!」









がばっと身を起こす。

千尋は肩で息をしながら、額に浮かぶ汗を拭った。

「‥‥夢‥‥」

嫌な夢を見た。

未だに体に生々しく残る恐怖を払拭しようと首を振った千尋は――――となりに寝ているはずの風の姿がないことに気がついた。

また、外に出ようとしているんだろうか。

腹掛け姿のまま千尋がそっとふすまから顔を出すと―――――すでに真っ青な空が広がっている。

「‥‥んもうっ」

我ながらお人好しだと思いつつ、千尋は風を探すために水干を手にとった。






ぺたぺたと辺りを見回しながら歩いていく。

風の姿はない。

「どこだろ‥‥」

ふらふらと歩き回ったあげく、千尋はボイラー室にまでやって来ていた。

「おお、千。どうした?」

まだ朝早いというのに、釜爺がもう起きだしていた。

「釜爺‥‥ずいぶん早いね」

「チビドモが騒いでのぅ‥‥起こされてしもうた」

「ススワタリ達が?」

穴をのぞき込むと、ススワタリ達が千尋に気がついてチィチィ騒ぎ出した。

「どうしたの? 何騒いでるの?」

チィチィ騒ぐススワタリ達の言葉は、千尋にはわからない。

が、いつになくススワタリ達の様子が焦っているように思えてならない。

「‥‥風に、何かあったの?」

さっき見た夢が思い出されて、千尋はぞくっと背筋をふるわせた。

ススワタリ達は千尋の言葉にさらに騒ぎ出した。

「風に何かあったらしいな」

「どこに行ったの!?」

床にはいつくばるようにしてススワタリ達に話しかける。

ススワタリ達はある一方向のほうにささささーっと移動し、固まってどんどん塔を作り出した。

―――――上。

「――――湯婆婆のところか!!」

釜爺の言葉に千尋は今度こそ寒気を感じて自分の体を抱きしめた。








派手な物音をたてるのもかまわず、廊下を走っていく。

湯婆婆のところに―――何をしに行くつもりなのか。

でも、きっと良いことじゃない。

「‥‥間に合ってぇっ‥‥!!」

何度もエレベータを乗り継いで、ようやく湯婆婆の元に直通で向かうエレベータの前に立つが、いつまでたってもエレベータが来ない。

「うそぉっ、何でこんな時に!!」

他に道はなかったか、と足踏みしながら考えるも――――前にハクを助けるために外壁を上った、あの道しか知らない。

――――もう一度、あの道を使おう!!


千尋はエレベータを諦めると、前に使ったあの道を使うために走り出した。








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