異邦人〜エトランジュ〜
その13
釜爺から話を聞いたハクが千尋を見つけたのは、まさに千尋が窓から外に出ようとしている時だった。 「千尋っ!! 何をするつもりだ!!!」 慌てて後ろから千尋を羽交い締めにして、何とか引きずりおろす。 「あ、ハク‥‥‥何って、湯婆婆のところに行こうと‥‥」 一度通った道だからか、悪びれずに答える千尋にハクのほうが青ざめた。 「エレベータを使えばいいだろう!?」 「だって全然来ないんだもの‥‥大丈夫よ、一度通ったことがあるから」 ここは竜であるハクならともかくも、ただの人間である千尋が落ちたら、まず助からない高さである。 「わかった‥‥私が連れていくから‥‥そんな危ないことをしないでくれ‥‥」 脱力しきっているハクに、千尋は何か自分が悪いことをしたかとおろおろし始めた。 「え? え?? ハク? 大丈夫?」 千尋の代わりに窓の外に出て、ハクはその身を竜に変えた。 背に乗れ、と首をもたげるハクに千尋はぴょんとその背に飛び乗った。 「ハク、急いで!! 風、もうついちゃってるかもしれない!!」 ハクは一声高く嘶くと、そのまま上空に向かって舞い上がった。 湯婆婆の部屋に飛び込んだハクの背から千尋は飛び降り、辺りを見回した。 「風!! 風、どこ!?」 湯婆婆はいないのか、シ‥ンとした静寂が部屋を包み込んでいる。 「いないの‥‥‥?」 「向こうの執務室かもしれない」 人の姿に戻ったハクが隣に続く執務室へと歩みを進めていく。 千尋もその後を追った。 執務室に入ったとたんそこに見えた人影に、千尋はホッと息をついた。 「風‥‥‥良かった、ここにいたの‥‥」 近寄ろうとした千尋の服を、ハクが掴んで自分のほうへと引きずり寄せる。 「きゃ‥‥ハク、何っ」 「私から離れてはいけない!」 「どうして? 風よ? 別に危ないことなんか‥‥」 ふ‥‥っと、風が千尋のほうに視線を向ける。 その視線に、千尋はぞくっ‥‥と背筋が凍るのを感じた。 「‥‥‥‥どうして みんな わたしを あいして くれないの?」 風の口から出てくる言葉は、風の声であって、風の言葉ではない。 いつもの風の言葉からは想像も出来ない、感情のない言葉。 「‥‥ふ‥う?」 ハクが、ぎゅっと千尋を片手で抱きしめる。 ―――――サミシイ ―――――サミシイ サミシイ サミシイ ―――――アナタガ ホシイ ―――――ワタシヲ アイシテ!! 風の体からどす黒いものが吹き出してくる。 まるであの夢の再現のような光景に、千尋は悲鳴をあげた。 「くっ‥‥」 ハクは片手で千尋をかばうように自分に押しつけつつ、空いた手で風に向かって模様を描いた。 「水と風の名において――――切り裂け!!」 ハクが唱えた魔法が攻撃魔法であることに気がついて、千尋はハクの服を握りしめた。 「だめぇっ!! 風を攻撃しちゃ、だめ!!!」 キィィン、という耳障りな音がして ハクの放った魔法は、風を取り巻く黒い闇にはじかれた。 「‥‥こんな下位魔法では、かすり傷もつけられないか‥‥」 「ハク!!!」 訴え続ける千尋にハクは向き直った。 「千尋、下がっていなさい」 「いや!! お願い、ハク‥‥‥風を傷つけないで‥‥!!」 「いくら千尋の頼みでもそれは聞けない‥‥このままでは、風は害をなす」 「でも‥‥でも‥‥!!」 ―――――サミシイ ふっ‥と、風の周りの闇が晴れた。 いや、晴れたというのは語弊があった。 その闇は次々と凝縮していき―――――いくつもの影を形作っていく。 千尋は口を覆った。 「カ‥‥カオナ‥シ‥‥!?」 風の周りに――――あの仮面の男、カオナシが何体も立っていた。 |