異邦人〜エトランジュ〜
その15
まっしろ。 どこまでいっても、まっしろな世界。 正直、風の心の中って真っ暗闇じゃないかと思っていた。 中に放り込まれた千尋はあたりをきょろきょろと見回した。 「‥‥‥ちがう」 これは、白い闇だ。 色のない世界。 まだモノトーンの世界のほうがマシ。 目が痛くてチカチカする。 どっちに向かったらいいのかはわからない。 まぁこっちだろうと適当に歩いていると。 千尋の周りを景色が流れ始めた。 「これ‥‥!」 千尋もよく知っている景色。 油屋の景色。 食堂街の景色。 あの草原の景色。 その中にハクや自分の姿を見つけて――――千尋ははっと思い当たった。 これは、風花の記憶だ。 風花が見たもの、聞いたもの、感じたものが――――今ここに映し出されているんだ。 まるで車窓のように流れていく記憶の風景。 その一つに千尋ははっと目を向けた。 音は聞こえない。 でもわかる。 風花の両親と思われる男女が、泣いてすがっているまだ小さい風花を突き放すようにして外へと出ていく。 両親の後を追おうとする風花を捕まえ、メイドと思われる女性が家の奥に連れて行こうとする。 が、風花はいやいやを繰り返し、その場に寝転がって手足をばたばたさせるばかり。 ――――風花、いい加減にして! 千尋は頬に痛みを感じたような気がして、頬をおさえた。 目の前の風景の中で、10歳の風花が千尋と同じように頬をおさえて立ちつくしていた。 手をあげたのは、母親。 「‥‥どうしてあなたはそんなに聞き分けがないのかしら? パパもママも仕事で忙しいと言ってるでしょ? あなたのためにやってるのよ‥‥少しは聞き分けてちょうだい」 「だって‥‥だって、だって、今日は風花の誕生日よ! 一緒にいてくれるって約束してくれたじゃない! 遊びに連れてってくれるって!! 1ヶ月も前から約束してたのよ‥‥今日くらいお仕事お休みしてくれたっていいじゃない!!」 「お仕事を休める訳ないでしょう。急なお仕事なんだから‥‥」 「そうやっていつもいつもいつもいつも!! 風花の誕生日にいてくれたコトないでしょ!! 今日だけでいいから、一緒にいて‥‥ママぁ‥‥お願いだから‥‥!!」 母親は風花を一瞥すると背を向けた。 「誰か風花の相手をしてやって。私は出かけるわ」 「はい、奥様」 もう風花には興味ないといわんばかりに部屋を出ていく母親。 それを送り出す使用人たち。 お金なんかいらない 地位や名誉もいらない ただ ただそばにいて欲しいだけなのに ―――――だから。 ここに来て最初に優しくしてくれたハクにすがろうとしたんだ。 「‥‥辛かったんだね、風花」 千尋が真っ白い闇の中でぽつりと呟いた瞬間 「‥‥!?」 唐突に目の前に扉が現れた。 他には何もない。 扉の前に立って――――千尋は一瞬躊躇し、それからそっと扉をノックした。 トントン‥‥‥と乾いた音が響く。 「‥‥風花?」 返事はない。 それでも千尋はもう一度、扉を叩いた。 トントン‥‥ 「風花? いるんでしょう? 風花?」 ややして 扉がキィィ‥‥‥と少しだけあいて 「‥‥だれ‥‥?」 中から、まだ5、6歳くらいの小さい女の子が顔を出した。 きっと、風花の心は小さい頃のまま止まってるのだろう。 体は10歳に成長していても、知識は膨大に吸収していても 心はまだ6歳くらいのままなのだ。 |