異邦人〜エトランジュ〜
その16
「風花‥‥‥帰ろう? みんなね、待ってるんだよ?」 千尋が手を差し出すと、幼い風花はぶんぶんと首を横に振った。 「いや。だって‥‥みんな怖いもん。辛いもん。風花、帰りたくない‥‥」 「ずっとここにいちゃ駄目なんだよ? 自分のいるべきところにもどらなきゃ」 「いや!」 再び閉められようとする扉を掴んで、千尋はそれを止めた。 「ここにいたらずっと風花一人ぼっちだよ? それでもいいの?」 一生懸命扉を閉じようと頑張っていた風花だったが、6歳くらいの力と15歳の千尋の力では当然千尋に軍配があがる。 どうしても閉じられず、風花はふえっと泣き始めた。 「‥‥おねえちゃんのいじわる‥‥」 「意地悪って‥‥風花がずっとここにいようとするからじゃない。ここにいたらどんどん淋しくなるばかりだよ?」 自分だけの世界。 居心地はいいかもしれないけど、でも。 永遠にたった一人で生きなくてはならなくなる。 そんなのを風花は望んだ訳じゃないはず。 「淋しいの‥‥いや‥‥‥いや‥‥いや!!」 風花が叫ぶと、ぐら‥っとあたりが揺れた。 風花の心が不安定になっている。 もし もし風花の心が崩壊したら、千尋も一緒に巻き込まれてしまうだろう。 千尋はだんだんと不安になってくる自分を励ましつつ、風花に向き直った。 「大丈夫‥‥‥ここから出たら、風花はもう淋しくなくなるよ」 泣きじゃくる風花の肩を優しく叩く。 「私が、おねえちゃんになってあげるから。私ね、一人っ子だから‥‥妹が欲しいなって思ってたの」 しきりと涙を拭っていた風花は、目をまん丸くして千尋を見つめた。 「おねえちゃんに‥‥なってくれる‥‥? ホントに? ホントのホントに?」 「うん、ホントだよ。だから戻ろう‥‥風花のいるべきところに」 風花のお父さんもお母さんも、みんなちゃんと風花のこと大好きだから。 だから、帰ろう? 「大丈夫。風花はちゃんと愛されてるんだよ。ただ‥‥ちょっとわかりづらかっただけで」 千尋が差し出した手を、風花の小さい手がそっと握りしめる。 ―――――帰ろう。 自分の在るべき世界に。 外の世界に。 カオナシたちが、すう‥‥っと消えていく。 無機質だった風の表情が、人間らしいものに変わっていく。 「ふん‥‥どうやら、やったようだね」 湯婆婆のつまらなさそうな言葉が聞こえ――――― ハクの腕の中でぴく‥と千尋が身動きした。 「千尋?」 千尋はゆっくりと目を開けた。 「‥‥ハク?」 「良かった‥‥千尋‥」 安堵するハクに大丈夫、と微笑みかけて、千尋は身を起こした。 風花のほうに視線を向ける。 もうカオナシの姿は消えていて。 風花も今我に返った、といわんばかりに目をしばたたかせていた。 「――――風花」 千尋の声に、風花がぴくっと反応した。 風花の瞳が、千尋をとらえる。 「約束、だったよね。帰ろう」 千尋が手をさしのべる。 「―――――おねぇちゃん‥‥!!」 風花はまっすぐ、千尋に駈けてきて――――そのまま千尋に抱きついた。 |