翼はもうはばたかない
その7
悪夢のほうがマシと思う現実は どうやって受け止めればいいんだろう? |
「‥‥千尋!」 すぐ近くから叫ばれて、千尋ははっと我に返った。 「え‥‥あ、なに?」 ハクがすぐ近くで覗き込んでいて、千尋は頬を赤らめた。 「ごめん‥‥ぼうっとしてて」 「疲れているんじゃないか? ここのところ、ずっとそんな調子で」 「ん‥‥そうかな‥‥」 あれから1週間がすぎた今も、千尋はハクに言い出せずにいた。 それどころか、自分の中で整理をつける事も出来ず、ただ悶々とするばかり。 いい加減そんな自分にも嫌気がさしていたが、だからといってすぐに割り切る事も出来ず。 千尋は言うべきか言わざるべきか、の間を行ったり来たりしていた。 「‥‥‥千尋、まだ話す気にはならない?」 そう切り出されて、千尋は思わず「えっ?」とハクを見つめた。 「千尋がずっと何かで悩んでいるのは分かっていた‥‥千尋が自分から言い出してくれるのを待っていたんだけど‥」 隠していたつもりだったが、そう思っていたのはどうやら千尋一人のようだ。 ハクは判っていて、ずっと千尋を待っていてくれたらしい。 「分かってた‥‥の?」 ハクは大きく頷いた。 「私に言いたくないのならば‥‥と思って待っていたんだけど‥‥どんどん元気をなくしていく千尋を、これ以上見てはいられない」 千尋はハクから視線を逸らした。 「‥‥‥千尋」 逃さない、というようにハクが千尋の頬に手をあてて、自分の方へと向かせる。 「私に関係ある事で悩んでいるのだろう?」 「‥‥‥‥‥」 「千尋が1人で悩む事はないんだから‥‥」 優しい言葉が今は辛い。 涙が出そうだ。 「‥‥千尋‥‥」 優しくそう囁かれて、千尋の瞳から涙がこぼれ落ちた。 一度流れてしまったら、もう後は止められない。 「‥‥ふぇ‥‥っ‥‥」 ぼろぼろ涙をこぼしてそれでも声を殺して泣く千尋を、ハクは優しく抱きしめた。 結局、ハクには隠し事は出来なくて。 千尋はこの前からの出来事を全て話さざるを得なくなった。 千尋の話す長い事柄をハクはいちいち頷いて聞いていたが――――だんだんとその表情は固く険しいものに変わって来た。 やがて全てを話し終えた千尋は長い溜息をついて、ハクの様子をうかがった。 ハクは、何も答えない。 「‥‥‥ハク?」 「‥‥千尋は、この事をずっと、秘めていたのかい?」 「‥‥うん。だって‥‥言ったら最後、ハクと二度と会えなくなりそうで‥‥怖くて‥」 ハクは、そっと手を伸ばして千尋の髪を指で梳いた。 「前々から勘づいてはいたんだ。‥‥自分が自分でなくなりそうだ、という事は。それが‥私の根本の存在に関わる事だとまでは分からなかったけど」 「‥‥どうするの‥?」 このままこの世界にいたら、いずれハクは消えてしまう。 黙って待つなんて、出来ない。 何か、何か方法がある筈だ。 「そう! 琥珀川に代わるものを探せば‥‥‥」 「それは出来ないよ‥‥私は琥珀川から生まれたのだから。千尋の魂が自分の肉体を離れて生きる事が出来ないのと同じ事なんだよ」 「じゃあ‥‥どうすれば‥‥」 千尋の問いに、ハクは答えなかった。 |