翼はもうはばたかない
その8
ことばでつうじない想いは どうやって伝えればいい? |
夜。 「いい案だと思ったんだけどな‥‥」 自分の部屋の机に頬杖ついて、千尋ははぁと溜息をついた。 部屋の灯りを消したために、デスクライトの灯りだけが千尋と部屋を映しだしている。 何とかしないと、ハクが消えてしまう。 自分に出来る事は何かないのだろうか‥‥。 暫く考えていた千尋は、がたんと立ち上がった。 服を着替え、どたばたと階段を下りていく。 「千尋! 何しているの、もう夜中よ!!」 「ちょっと出かけてくる!」 その言葉に母親がぎょっと顔を出した。 「出かけてくるって‥‥千尋! 危ないわよ、千尋!!」 母親の声は、玄関から飛び出していった千尋には届かなかった。 ざぁぁぁぁぁ‥‥と風が森の木々を鳴らす。 辺りは闇。月明かりすらもない。 自分の手足も満足に見えない。 それでも森の中ほどまで走っていって、千尋は風に負けないようにと声を張り上げた。 「いるんでしょう!! お願い、私の前に姿を現してください!!」 ざぁぁぁぁぁ‥‥ 「ハクの‥‥‥コハクの事で話があるんですっ‥‥主様!!」 ――――このような夜更けに、たった一人で彷徨くなど‥‥物の怪に襲われても知らぬぞ? 闇の中から声が聞こえる。 そして―――その中からしみ出すように姿を現したのは、巨大な白い竜。 その頭部に浮かぶ翁の面に、千尋はごくっと息を呑んだ。 「ハクを助けたいんです‥‥ハクが存在し続ける方法はないんですか?」 千尋がそう切り出すのは分かっていたのだろう。 河の神はそう驚きもせず、その翁の面で千尋を見つめた。 『―――方法はある』 「じゃあ‥‥」 『だが、世の理から外れようとするのじゃ‥‥失うものも多い。おぬしも、コハクも、何かを失わねばならぬ。その覚悟があるか?』 「失う‥‥覚悟‥?」 何を失うというのだろう。 それは怖くて千尋は聞けなかった。 「‥‥ハクがそれで存在出来るなら‥‥‥」 たっぷり迷った後で、千尋はそう小さく呟いた。 ハクが生きていられるなら、多少の事は我慢出来る。 『‥‥‥‥』 河の神は長い溜息をついた。 『そこまでの意志があるならば伝えよう。その後でどうするかは、おぬし達自身の事じゃ‥‥』 怖い。 怖くて、体が震えてくる。 でも聞かなければならない。 それが、私に出来る事だから――――――― 千尋はすうっ‥と息を吸うと、「はい」と返事を返した。 |