翼はもうはばたかない
その9



















もし 明日ですべてが終わるとしたら
わたしは何を望むだろう




















前の日が寒かった為か、朝は雲一つない青空が広がっていた。

その分冷え込みも厳しいが、返って空気が澄んでいて気持ちいい。

ぴん‥と張りつめた空気の中、千尋は無言で歩いていた。

――――ハクのいる、森に向かって。



朝早いにも関わらず、ハクはもう起きていた。

「‥‥千尋?」

固い表情のままの千尋に、ハクが不審そうに声をかける。

「どうしたんだ?」

「‥‥ハク、話があるの」

にこりともせず、千尋はそう告げた。


まるで

これから判決を下す裁きの女神のように






「‥‥このままこの世界にいたら、ハクはいずれは消えてしまうんだよね。‥‥私、そんなのいやなの」

「‥‥‥‥‥」

ハクは黙って話を聞いている。

「だから‥‥だからね」

千尋は泣き出しそうになる自分をぐっとこらえて、口を開いた。


「ハク‥‥あの世界に戻って。湯屋のある‥‥あの世界に」


あそこは精霊の力が強く生きる場所。

あそこならば、依代を失った神でもその存在を維持出来る。

あの世界でなら、ハクは生きていける。



長い 長い 沈黙が続いた。



「‥‥‥千尋は?」

ハクはぽつりと、そう呟いた。

「なんと言われようと‥‥私は千尋と離れたくない。私が今まで生きて来た理由は――――千尋に会いたかったから。千尋とともに生きていきたかったからだ‥‥」




ざぁぁぁぁっ‥‥と風が二人の間を通りすぎていく。





「千尋と別れて何の目的もなく、ただ一人で生きていくのならば‥‥‥私はそんな生はいらない」

「ハク!」

「千尋が私を失いたくないと想ってくれているのはよく分かる。それと同じように‥‥私も千尋を失いたくないんだ」


千尋は風になぶられる髪を、手でかきあげた。

ハクが、千尋をまっすぐに見据える。

「‥‥勝手な願いだとは分かっている」

千尋は髪をかきあげていた手を胸に持ってきて――――ぎゅ、と自分の胸を押さえた。

「どうしても湯屋に戻って欲しいと願うなら‥‥私と共に来て欲しい。私は‥千尋がいなければ存在する意味もないのだから」

千尋は、すぐに答える事が出来なかった。






―――――失う覚悟は、あるか?

そう問われた時からこうなる事は分かっていたのに。

千尋はハクにそう問いかけられるまで、実は自分が覚悟も何も出来ていなかった事にようやく気がついたのだった。











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