翼はもうはばたかない
その10
どちらも欲しいだなんて 私は欲張りなのだろうか? |
考えないようにしていた。 ハクからそう言われる可能性がある事を。 千尋が湯屋に戻るという事は――――この生まれ育った世界を捨てるという事。 両親も、友人も、故郷も何もかも捨てて行くという事。 ハクの事は好き。 失いたくない。 しかし、だからといって全てを捨ててハクと共に行ってもいいと即答出来るほど、ハクだけを好きな訳ではない――――その事実に千尋は気がついたのだ。 両親も大事。 友人も大事。 故郷も大事。 ハクも大事。 でも、ハクをとれば故郷たちを失い、故郷をとればハクを失う。 「〜〜〜〜〜ぁああ!」 千尋はうめいてベッドに突っ伏した。 「‥‥‥‥‥つらいよ‥‥」 シーツを握りしめて、顔を押しつける。 どれが一番正しい答えかなんて分からない。 誰も答えを教えてくれない。 なのに、早く答えを出さなければ全てが手遅れになる。 あまりにも大きい選択に、千尋はただただ呆然とするしか出来なかった。 一週間がたった。 千尋は、その間一度もハクのところに来なかった。 それだけ思い悩んでいるという事をハクも理解していたから、わざわざ千尋の様子を見に行くような事もしなかった。 ――――不用意に、あんな事を言うべきじゃなかった。 千尋が両親や友人たちをことのほか大切にしているのを知っていて、試すような事を言ってしまった。 彼女が思い悩むであろう事を承知していた上で。 ハクはここのところ自己嫌悪に陥っていた。 しかし、何度考えても千尋をおいて一人湯屋に戻るという選択は思い浮かばない。 あの子のおかげで名を取り戻し、もう一度生を与えられた自分は、これからは千尋の為だけに生きようと誓いをたてたのだ。 あの子のそばで、ずっと守り見守りたいと。 それが果たせないならば生きている意味も価値もない。 そのまま消えてしまった方がマシだ。 しかし、それは千尋本人が許してはくれない。 千尋と共に生きようとすれば、千尋に全てを捨てさせないといけない。 出口のないその想いは堂々巡りで ハクも千尋も、じょじょに追いつめられていく ―――――世の理に反しようとするならば、覚悟が必要じゃよ。 水の奥深くで、翁の面がそう呟いた。 |